KFC-NEWS  2008.3.17  No.83


■■■ マスメディアの「北朝鮮籍」報道について ■■■ 

 KFCが事務局となって進めている「定住外国人子ども奨学金」のはじめてのドネーションパーティを神戸新聞社が取材してくれ、奨学金の趣旨としくみについて2月1日付けの朝刊で記事を掲載してくれました。KFC支援者の中にも読まれた方がいらっしゃるのではないでしょうか。
 イベントや大きなトピックではない地味な奨学金事業を、地元のメディアが大きく取り上げてくれることは本当にありがたいことだと思います。
 ただ一点、今回この記事のなかに次のような誤記が載ってしまいました。「県内で暮らす外国人(韓国、北朝鮮籍を除く)の全日制への高校進学率は50%程度という」、ここで使われている「北朝鮮籍」という言葉ですが、多くの人がなにげなく読み飛ばしてしまいそうなこの言葉には、実は大きな問題があります。
 日本の国際化の進展にともない在日外国人の構成も以前とは様変わりしてきていますが、相対的に構成比が低くなったとはいえ、いまだに在日外国人の中で最も多いのは韓国・朝鮮人です。しかし残念ながら日本の外国人政策の矛盾を押し付けられてきた韓国・朝鮮人の経緯はよく知られていません。
 だから上記記事のような誤報が、言論を扱う新聞においても続いてしまうのでしょう。
 日本の在留統計上では、国籍としては「韓国・朝鮮」としか出てきませんが、実はこの中にはいろいろな経緯をたどった結果、この国籍種別に含まれている人たちがいます。
 「韓国籍」には、日本と韓国(大韓民国)が国交を結んだ1965年以降、日本と韓国の関係が確立されてから留学や結婚、また日本へ来て専門職として働いているような人たちもいますし、戦前、戦中、日本の植民地であった朝鮮半島から日本の戦時体制の人不足を補うため連れてこられた人たちとその子孫も入っています。
 この後者の人たちの1世は、元々は全員、「朝鮮籍」でした。さらに遡れば日本に来たときは全員「皇国臣民=日本国籍」だったのです。
 では何故、「日本国籍」が「朝鮮籍」となり、その後「朝鮮籍」、「韓国籍」に分かれていったのかということですが、日本が戦争に負けた時に交戦国であった連合国は、日本が軍事力で領土とした地域である台湾、南樺太(現サハリン)、朝鮮の放棄を求めたため朝鮮は日本の領土から離されることになりました。
 しかし、終戦時210万人を超えていた在日の朝鮮半島出身者たちは戦後も日本国籍を持っていることになったのです。その国籍の帰属がはっきりしないうちに朝鮮半島では南に大韓民国(韓国)、北に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が誕生し、出身地域の朝鮮は分断されることになります。
 その後、北朝鮮と韓国の間で朝鮮戦争が勃発、その後国土を荒廃させる激しく厳しい戦争が続きます。
 その朝鮮戦争中に、日本では、行政通達によって在日の朝鮮半島出身者たち(在日コリアン)は、日本国籍を喪失するとされ、「朝鮮籍」の外国人になります。しかしこの「朝鮮籍」なるものがどこの国家に帰属するのかというと北朝鮮は全員自分たちの国民だと主張しますし、韓国もまた自分たちの国民だと主張しますが、国際法上から言えば「無国籍」の状態でした。
 その後、多くの在日コリアンの故郷が韓国にあったこともあって、希望によって外国人登録を「韓国籍」に変えることもできるようになりましたが、これも「無国籍」の状態であることには変わらなかったのです。
 日本と韓国の間で長年の懸案であった国交回復が1965年に結ばれてからは、在日コリアンの中で韓国に国民としての登録申請をして、韓国パスポートも所持する韓国国民としての「韓国籍」が生まれます。  しかし、現時点においても日本と北朝鮮の間には、国交もなく韓国国民としての「韓国籍」にあたるような「(北)朝鮮籍」というものは存在しないのです。
 北朝鮮パッシング報道が繰り返されるたび、朝鮮学校や日本の学校に通う在日コリアンの子どもたちに「北朝鮮人!!」と嫌がらせが繰り返されますが、日本には「北朝鮮人」、朝鮮民主主義人民共和国国籍者は一人も存在しないのです。
 私たちは、このことを多くのメディアの人に繰り返し説明し、誤報がないよう要望してきたのですが、残念ながらマスメディア関係者の多くが基礎的な事実を知らないのが実情です。この問題を受けて神戸新聞社では多くの読者にこの問題がわかるよう紙面を割くことを約束してくれました。
 多くの人に在日コリアンの国籍の変遷がわかるような記事が掲載されることを望んでいます。 (理事長 金宣吉)



■■■定住外国人子ども奨学金事業 「ベトナムの魅力を知る」パーティ開催さる■■■

 奨学金事業の一環として、第1回ドネーションパーティ「ベトナムの魅力を知る」を神戸映画資料館のカフェスペースで開催しました。24名の参加協力を得て、ベトナム料理とベトナム音楽、ベトナムの映像などをお楽しみいただきました。
 料理はお店経営の経験があり、以前からKFCを利用されているベトナム系日本人の太田さんに作っていただきました。とても手間のかかるバイン クオンというベトナム蒸し春巻き、ゴイ トム ティット バイン フォン トム(えび入りサラダ えびせんべい添え)、チャーゾー(ベトナム揚げ春巻き)、カリ ガ バイン ミ(鶏肉のカレーフランスパン添え)、フォーボ(牛肉入りベトナムうどん)など味も見栄えもよく、食べきれないほどの量があり、みなさんにとても満足していただくことができました。
 また色々なところでアマチュア歌手として活躍されているHoang Hai Trieuさんに、有名なベトナム人作曲家チン コン ソンさんが作曲し、天童よしみさん、加藤登紀子さんもカバーした「美しき昔」の原曲のベトナム語の歌など3曲をご披露いただき、声量のある甘い歌声に聞き入りました。インターネットで調べたところによると、チン コン ソンさんは反戦歌を中心に600曲以上も歌を作り、「ベトナムのボブ・ディラン」とも呼ばれているそうです。  今後も様々なドネーションパーティを企画していきますので、ぜひご参加のご協力をお願いします。 (志岐良子)


■■■日本語プロジェクト■■■

◆京生菓子のミニ茶話会−所変われば品変わる−
1月18日12時前、そろそろ日本語学習も終わる頃、KFCの奥さんの提案でミニ茶話会をしようかということになりました。 当日学習していたのは2人、1人はスリランカの人、もう一人はベトナムの人、あと支援者が伊藤さんと私の2人、奥さんの計5人が集まりました。 この茶話会に学習者から日本の迎春用の京生菓子が提供されたこともあり、時期的にも小正月がちょっと過ぎた時でもあったので、「お正月」が主なテーマになりました。 「このお菓子についてどう思う」「どのお菓子が好き」「きれいなお菓子ね、何の形」「どのように食べるの」「飲み物はどうなの」に始まり、「お正月はいつなの。どう過ごすの。どのようなことをするの」等色々な習慣、考え方、しきたりを学習者と支援者が紹介しあい、それぞれ自国と日本のそれを比較しながら理解するよい機会になったと思っています。 いつもの学習では学習者に日本語を少しでもたくさん覚えてもらうことにばかり気にしながら、文法はどうだとか、文型がどうだかとか、How toに凝り固まったりしていましたが、このミニ茶話会で、言葉だけではなく、社会習慣、背景等々を理解することも重要だと知らされました。 その後の日本語学習の中で、いわゆる“単身赴任”がテーマになり、日本では子どもの教育のためとかの理由で単身赴任も多いようですが、学習者の国ではそういう習慣は殆どなく、家族全員が原則一緒に暮らすそうです。異文化であると言ってしまえば、それまでですが・・・。 私は日本語学習支援をしてから1年半ほどになります。今後も学習者とともにどうすれば少しでも日本語力を向上できるかを考えながらボランティアを続けていきたいと思っています。(日本語ボランティア 杉田年章)

◆1月の研修会 語彙の7〜8割が漢語起源!
1月の日本語プロジェクト研修会は「日本語を教えるためのベトナム語講座」と題して北山夏季さんを講師にお招きしました。声調が6つもあることからか歌のような美しい言葉と言われているそうです。文字はアルファベットを使いますが、chu y(=注意)やy kien(=意見)【アクセントと声調記号省略】など漢字と結びつけられれば日本語と共通する語彙もあり、親しみがもてますよね。文法構造は平易?だそうで、語形が変化しない、時制が厳しくない、形容あるいは説明することばは後ろにつくなどを特徴とし、英文法ではるか昔に習ったSVOが文の基本構造だそうです。忘れてはいけないのが、北部と南部で発音や声調のみならず違う語彙があるということ!で、ベトナム人同士でもchu y(=注意)が必要だとか。授業に役立つベトナム語も紹介していただき、とても参考になり面白い研修でした。どうもありがとうございました。 (日本語コーディネーター 奥優伽子)

◆2月の研修会  「にほんごつぎの45じかん」 の教え方
2月9日、神戸YMCA日本語学科の尾崎美千代先生を講師にお招きして、『にほんごつぎの45じかんの教え方』について講義をしていただきました。 「にほんご45じかん」というテキストは短期学習者向けに作られていて、イラストを多用し、字が大きく、ひらがなのみで書かれています。又、学習者が媒介語なしに理解できるように、文法学習に偏らず日常会話が身につくように機能面が重視されています。学習者が多様化している現在に適したテキストですが、先生にとっては準備の必要なレベルの高い本です。その上、このテキストだけでは語彙や漢字が少ないため、これらは他の教材(副読本とか、「みんなの日本語」など)で補っていかなければなりません。 練習量も少なくなるので練習問題をする必要があります。 講義では、各課についての重要点や問題点などを取り上げ、教え方などの話をお聞きしました。 雪の降る悪天候だったためか、出席者が少なくて残念でしたが、和やかな雰囲気の中で、日本文化(日本語事情)とことばの使い方、社会の変容とともにかわってきたことばについても話題になり時間がオーバーするほどでした。 学習者のニーズに合わせた授業をするためには、テキストを見直し、検討することが必要ですが、わかっていても中々個人的にはできていません。時々このような講義を受け、教え方を整理したいものだと思いました。   (ニュース係 谷先晴代)

◆3月の研修会 形容詞と副詞の教え方

3月8日の日本語プロジェクト研修会は、NPO法人「実用日本語教育推進協会」の服部和子先生を講師にお招きして、日本語支援ボランティアの方々にとって今すぐ役立つ日本語形容詞と副詞に関する講義をしていただきました。 外国人が間違えやすい理由は、@形をはっきり覚えていない、A意味と使い方がはっきり分かっていない、B使えるようになるまで基本例文を練習していない、の3点にあります。 日本語文法では、形容詞には「い形容詞」と「な形容詞」の2種類があり、活用が異なります。たとえば「大きく」や「きれいに」などのように、形容詞が副詞的に使われることもあります。また、名詞を修飾することは形容詞と同じでも、活用しない「連体詞」という語もあります。たとえば「小さな」など。 副詞は活用しません。副詞には、@程度を表す副詞、A様態を表す副詞、B文末に決まった形をとる副詞、の3種類があります。さらに、名詞に助詞「で」をつけて副詞的に表現することがあります。たとえば「みんなで」や「全部で」など。 ボランティア支援者はこれらの文法的知識をしっかり身につけた上で、一つひとつ意識して導入することが重要です。似たような単語がいくつかあるときは、代表的なものを一つ正確に覚えてもらいましょう。そして、その単語を使った典型的な例文を一つ覚えてもらうこと、これが大切です。 (ニュース係  操田誠)


■■■ 外国人の子ども学習支援■■■

◆思春期に二つの文化を生きるということ―在日外国人中学生へのインタビューと統合型HTPを通して―
  現在私は学習支援でKFCに関わらせていただいており、甲南大学大学院で臨床心理学を専攻しています。以前から異文化に生活する人が抱える心理的困難に興味があり、修士論文作成にあたり、在日外国人中学生を対象に調査を実施しました。 臨床心理学の見地から在日外国人中学生の調査研究を実施することには、主に以下の二つの意義があります。一つは、外国人登録者数が年々増加しているなか、在日外国人の子どもを対象とした調査研究は社会学や教育学の分野で多く見られるものの、臨床心理学の分野ではあまり見られません。同時に言えることは、彼らの心理的困難と心理的支援の必要性についても注目されるに至っていないということです。もう一つの意義は、中学生という思春期に生きる子どもたちを対象としている点です。思春期は、一般に「自分はいったい何者なのか」というアイデンティティの確立が心理的課題となる時期だと言われています。日本に日本人として生まれ育った子どもでさえアイデンティティの危機にさらされる時期に、二つの国・文化を生きる在日外国人の子どもたちは文化的アイデンティティの確立という心理的課題も課せられ、アイデンティティが揺らぐ可能性が高くなると考えられます。また、親との関係性の変化や自意識の高まりといった思春期に直面する変化も外国人の子どもの心理的困難の一因となってくると思われます。 今回の調査は、KFCを利用している在日外国人中学生7名を被調査者としました。予備調査として、まず質問紙調査し、それに基づいてインタビューを実施しました。また、言語化しにくい部分やより深い心理を理解するために、統合型HTP法という家・人・木を一枚の紙に描画をしてもらいました。この調査から分かったことは以下の通りです。字数に制限があるため、説明や根拠が十分に記載できない部分があることはご容赦ください。
@文化的アイデンティティについて
 まず、文化的アイデンティティについては、被調査者たちは日本文化と親の国の文化のどちらかに完全に同一化してしまうことに抵抗、あるいは怖さを感じているように思われました。これは、言い換えれば、どちらかの国を否定してしまうことの怖さでもあります。彼らが日本を否定することは、自分が普段多くの時間を過ごし、(積極的にであれ強制的にであれ)エネルギーを注いでいる場、つまり学校を否定することです。また、親の国(出身国)を否定することは自分の血、家族を否定することです。どちらかだけに同一化すること、あるいはどちらかを否定することはどちらかの文化・社会からつまはじきにされるという恐怖を伴うものではないでしょうか。そして、日本語でのコミュニケーションが難しく、日本の社会・学校のシステムを知らない親が文化の主流となる家庭にも、難解な学習内容と日本の学校文化が支配する学校にも、完全になじみきれない感覚を持っているようです。つまり、「つまはじきにされるのではないか」という不安が常につきまとっているのではないか思われます。そのため、「とりあえずはどちらも(日本は特に)肯定するという姿勢でいなければ」と感じていることが推察されます。自由な選択がほとんど与えられておらず、客観的にものごとを見る力も未成熟な彼らの年齢では、まだ両方の文化を自分のものとして統合させることは難しいようです。年齢上、自我アイデンティティ確立の課題にも直面している彼らは、今後も文化的アイデンティティの確立という二重の困難を負っていくことになるでしょう。そんな彼らにとって、KFCのような、どちらの文化も強要されることがない、ありのままの自分を認めてもらえる「居場所」は重要だと思われます。
A家族について
 被調査者の家族との関わりにおいては、全体として、家族とのコミュニケーションが十分に取れていないように思われました。その要因としては、家庭の経済状態が楽ではなく、親が夜遅くまで働いているため、十分なだんらんの時間がないことと、被調査者の優位な言語と親の優位な言語が一致していない、あるいは子どもの言語発達が十分ではない(どちらの言語も)ため、微妙な気持ちのニュアンスなどを親に伝えることができないことが考えられます。また、親に話を十分に聞いてもらえていない、理解してもらえていない、という子どもが目立っていました。彼らの親の中には、個人的な性格から子どもと通じ合えない人もいるでしょうが、日本語が上達しないまま異文化の中で毎日ハードな労働をこなすというストレスから子どもと適切に関われないという可能性も無視できないでしょう。また、被調査者の親たちは、「過剰に口うるさい」親と「無干渉」な親に分けられるように思われました。それはどちらも、日本の学校のことをほとんど知らないことから取ってしまう態度なのではないかと推察されます。過剰に子どもに干渉してしまうタイプは、知らないことから不安が高まりそれを子どもにぶつけており、無干渉なタイプは、知らないことから何も言えなくなってしまうのでしょう。  親との関係でもう一つ注目したい点は、親が日本社会・学校のシステムに対してほとんど知識がないため、親としての機能を果たせない場面が多くあり、時にはより日本に精通した子どもが特に言語面で「親の親」としての機能を果たさなければならないことです。彼ら自身も、日本のことを十分に知っているとは言えないということに加え、中学生という年齢を考えたら当然分からないであろう部分を、必死でこなそうとしている、というのが実態でしょう。しかも、中学生は、親への甘えを十分に味わって安心感を持った上での自立に向かう時期、あるいは甘えと自立を揺れ動いた先に自立が待っている、という時期ですが、親に頼ったり甘えたりする状況が十分に用意されていないようです。
Bその他
 学習面に関しては、一見日本語に問題がないように見える子どもも学習する上での日本語・読み書きレベルでの日本語には問題がある、ということが観察されました。そして実際彼らには日本語学習の支援は提供されていないようです。  その他、彼らに特徴的に見られた姿勢としては、「やれている」自分をアピールしようとする、ということがありました。実際には、分からなさや不安を抱えているにも関わらず、日本社会に適応しようとする気持ちが強いため、「できない自分」「分からない自分」を一生懸命隠そうとしているように見えました。
 この調査から、思春期の在日外国人の心理的困難の特徴がいくつか見えてきたわけですが、これらのことを心の片隅に置いて、みなさんが子どもたちに関わっていただければ、さらに彼らを深く理解できるのではないかと思います。KFCは彼らにとって本当に大切な「居場所」です。そこで彼らに直接関わる方々が、彼らの心の面にも目を向けながら成長を見守っていただけたら、彼らの大きな支えになるはずです。 (甲南大学大学院生 河合輝江)

統合型HTP (Synthetic-House-Tree-Person)
1枚の画用紙に家と木と人を入れて自由に絵を描いてもらう描画テストで、描画者の社会的な活動性や認知構造を立体的に把握する上で有用であるとされている。


■■■ ハナの会■■■

◆大きな輪
 2月23日、私たちKEY(在日コリアン青年連合)神戸・尼崎は、デイサービスセンター、ハナの会を訪問しました。この日はハナの会の新年会だったので、ハルモニたちはおめかしをして続々集まりました。私は初めての訪問で、少し緊張していましたが、とても楽しみにしていました。
 豪華なお料理が並んで宴会が始まると、ハルモニたちは「食べ、食べ」と言って、お皿におかずをたくさん入れてくださいました。
 隣に座っていたハルモニが、「あんた、ウリサラム※?」と聞かれたので、「イェ」と答えると、安心したように私をギュッと抱きしめました。その時、私の緊張はスーッと溶けてなくなりました。  チャンゴが鳴り響き、朝鮮の歌が始まると、ハルモニたちは立ち上がって踊りを踊りました。本当に楽しそうでした。私は自分のハルモニと歌っているような気がして、嬉しくなって泣きそうになりました。
 その時、ハナの会は、みんながひとつのリズムに合わせて肩を揺らせて、喜びも悲しみも、世代も全部ひっくるめて、大きな輪になっていました。
 私は「ハルモニたちに、今日、会えて、本当に良かった。」と思いました。
 帰りのタクシーのなかで、朝鮮語で「楽しかったですか?」と聞くと、ハルモニは 「はい、ありがとうございました。」と、日本語で答えました。さっきは朝鮮語だったのに・・・。  妙によそよそしい感じがしました。今までこうやって、朝鮮語と日本語を使い分けてきたんだなと思うと、少し悲しくなりました。
 私のハルモニは、いつも冗談ばかり言ってるのに、日本に渡ってきた頃の話をすると目に涙を浮かべて、ため息をつきます。故で食べられなかった白い米を、日本人の家のお手伝いの仕事で目にした時、涙が溢れて止まらなかったそうです。その米を洗いながら、ひもじさと、朝鮮にいる弟に食べさせてやりたいとの思いで、泣いたそうです。
 そんな大変な苦労をしたハルモニたちを、私たちが元気付けようとするのはおこがましいかもしれません。でも、ハルモニたちが苦しい生活の中でもたくましく生きてこられたから、今ここに、私たちがいます。そのことを考えると、恩返しをしたいのです。
 私は日本で生まれ、日本で育ったけど、友達に会った時はなぜかまっ先に「ご飯食べた?」と聞きます。自分の子供が生まれたら、「チャジャン、チャジャン・・(眠れ、眠れ)」と寝かしつけるかも知れません。ハラボジ、ハルモニがいて、自分がいる。その先に、道は続いていくのです。
  ハルモニたちへのメッセージがあります。  私たちは、過去にあった悲しい歴史と、今のきびしい現状を常に学んでいます。そして、自分たちがこの社会で生きていくためにはどうすればいいのか、考えていきます。  まわりの同胞はもちろん、日本の人とも仲良くして、理解を深めていきます。この日のハナの会のように、みんながひとつになれるときを作るために、今できることを、一生懸命にしていきます。だから、これからもたくさんお話ししましょう。昔のことや、家族のこと、色々教えてください。
 最後に、ハナの会の金宣吉さんと、スタッフの方々に、心より感謝します。ハナの会という空間をつくっていただき、訪問させていただけたこと、ありがとうございました。
 この日、私たちが心に抱いた大きな輪は、ハルモニたちから受け継いだバトンかも知れません。  (KEY神戸 姜明淑)    

ハナの会、3歳になりました!
 ハナの会は、今年の1月11日金曜日で3周年を迎えることができました。
 いつも応援してくださっている皆さんのおかげです。 本当にカムサハムニダ!(ありがとうございます!)
 金曜の利用者は、ピフレの調理室で食事会として行われていたハナの会に参加されていた方も多く、ハナの会に来るようになって何年たつか指折り数えていらっしゃいました。
 この日は、「ハナの会 3歳」と韓国語で書いた壁紙と、「寿」と書いた韓国のお餅(デコレーションお餅とでもいいましょうか)を囲んでお祝いしました。 年末年始はデイサービスが一週間お休みで、年が明けて会うと「セヘ ポク マーニ パドゥセヨ(新しい年、福をたくさん受け取ってください=今年もいい年になりますように)」「明けましておめでとうございます」という挨拶が飛び交い、二言目には、「アイゴ〜また年を取ったな〜」という会話をしました。朝鮮半島では、新しい年が明けた時点でみんなが「1歳年を取る」と言います。お正月には親戚がみんな集まって、まずハラボジやハルモニ(おじいさんやおばあさん)に新年の挨拶をしてお年玉をもらい、お年寄りの徳談(お話)を聞くそうです。もっとも利用者であるハルモニ(おばあさん)たちは、みんなが食べるごちそうを作るのに大忙しだったに違いありませんが。 ハルモニたちに今年はどんなお正月を過ごしたかを聞くと、様々な答えが返ってきました。「本当にいい正月やった」「孫がな、孫がお年玉をくれたんじゃ」と微笑みながら言われる方や、「いつもと変わらんかった」「退屈やった」と言う方もいました。ああ、聞かないほうが良かったのか、と思うときもあります。けれど、会えなかった一週間をどのように過ごしたのかを聞いてこそ、色々な話も出来るし体調のことも伺えます。 ハナの会は、人にたとえると、まだよちよち歩きの3歳です。利用者一人ひとりの要望に細かい気遣いでサポートできていると、まだ胸を張って言えませんが、なるべく応えられるようになりたいです。今年も花見に劇場観賞、夏祭りなどいろいろな行事でハルモニと一緒に楽しめたらと思います。 (鄭秀珠)


■■■ 今後の予定■■■

子ども学習支援のバーベキュー
 3月20日(木)       於 須磨(予定)

日本語お花見
 4月6日(日)12:00〜   於 妙法寺川公園

日本語支援者連絡会
 4月12日(土)13:30〜14:00    於 デイサービスセンターハナの会

■KFC研修会
 4月12日(土)14:00〜16:00  「在日ベトナム人が知って欲しいベトナム文化」  大石キムオアン(ベトナム語講師)  於 デイサービスセンターハナの会
 5月10日(土)13:30〜16:00  「日本語ボランティアとは」    藤川多津子(東灘日本語教室ボランティア)      〔日本語ボランティア養成講座に参加〕

■KFC研修会と2008年度総会

 6月21日(土)  14:00〜15:00「学びの場 夜間中学校(仮題)」 西田恵介(兵庫中学校北分校)
           15:00〜16:00 総会   
           16:00〜17:00 交流会        於デイサービスセンターハナの会