KFC-NEWS  2007.11.17  No.81


■■■私の外国人問題E ■■■ 

 私は台湾出身の配偶者と家族を構成している日本人です。ときどき「家では何語を話しているのですか」「子どもは何語を話しているのですか」と聞かれることがありますが、「外国人」との家族生活は、普通の日本人家庭の視点や常識からすれば、さまざまに「変わっている」ことと思います。私たちの家族にとっては、自分たちのあり方が家族としての唯一の日常ですので、その中で培われた感覚が「自然」であり、むしろ普通の日本人家庭のあり方のほうが変わって見えます。でも、その感覚は日本人家庭の人々には理解しにくいことかもしれません。「家では何語を話しているのですか」という質問は、外国人にきかれた場合は喜んで答えられる質問です。でも、日本人から同じ質問を受けるとき、私たちにとっては「自然」な状態が、彼等から「問題」とはいわないまでも「特殊な状態」として観られていることに気付かされ、徒労感を覚えることがないわけではありません。この違いを作り出している制度や「常識」の堅固さこそ、私たちにとっての「問題」であるのかもしれません。
それでも大人は、日本人・外国人を問わず、一定程度の相互理解の上に立って、気軽に話しかけることが出来、一緒に楽しく時を過ごせる友達が何人かいれば、それなりにやっていけるものだと思います。しかし、「常識」の暴力が一番先鋭的な形で出てくる可能性があるのが、子どもが関わる場合です。神戸で生まれ育った華僑である陳舜臣さんの自伝小説『青雲の軸』(集英社文庫、初出1971年)の中に、人は誰でも自分の家の中と外で異なる言葉を話すものだと思っていた少年が、そのような家庭が自分のところだけだということを知って愕然とする場面があります。家の中と外で言葉が変わること、常時複数の言葉が話されており、隣近所でも100%言葉が同じではないという状況は、人間社会のあり方として特に変わった現象ではありません。しかし、国民国家・日本においては、日本語−日本文化−日本人の「三位一体」を建前として制度設計を行なってきたため、日本語以外の言葉を日常的に話すことが、著しい不利を招くような構造を作り上げてしまっています。外国人だということで学校でいじめられる子どもは、同級生だけでなく、その親や先生、地域社会も含めた日本社会全体の制度と常識に、いきなり待ったなしで対峙しなければならないのです。
国民国家は歴史的にそれなりの需要があって生まれたものであり、それに代わる社会統合のヴィジョンが生まれない限り、グローバリゼーションが進行しても解体することはありません。EUの例から見ても、将来、東アジアに、国民国家をも包摂するような、より多元的・多言語的な社会的枠組みを徐々に実現していくことは可能でしょう。ただ、今現在、「三位一体」の制度・ 常識の前で苦戦を強いられている子どもたちにとっては、それだけでは「画に描いた餅」に過ぎません。彼等が自らのルーツに誇りを持て、この社会で生きることに希望 を持てるような「場」を、地域レヴェルでどれだけ作り出していけるか−そのことが、海に開かれた港町・神戸でも問われているのではないかと思います。


◆コラム 「差別」「差別語」について=差別語の百貨店で育って
 「差別」・・・私はこの言葉に対して条件反射の「パブロフの犬」的に恐怖と怒りで身構えてしまいます。それは私が在日2世として、まさしく日本社会と日本人から差別を受け続けてきた当事者だからです。また、私たち韓国朝鮮人は民族差別の中でもいくつかの特殊性を持っているため、その差別のあり方も少し複雑で歪んでいます。
 一つは日本の旧植民地出身者であるという歴史性です。大韓帝国=朝鮮という国がなくなり、その間は日本人となり、日本式の姓に変えられ、朝鮮語も禁止されました。1952年日本が独立国と認められると共に、私たちは一方的に日本国籍を失ないました。韓国と日本の国交が回復するまで、私たちは旧植民地人として国籍の無い特別な日本在留者でした。又、いわゆる北朝鮮とは未だに戦後処理がなされず国交が無い為、その支持者ほかは無国籍のままです。
 もう一つは、日本人と韓国人は皮膚の色など外見上の区別がほとんど無いということです。このことは日本語を母語とし名前も日本名を名乗ることが多い在日韓国朝鮮人にとって、差別をごまかしたり曖昧にしたりする傾向に繋がり、差別が潜在化し固定化する一因にもなっています。しかし、とにかく植民地人として支配した人々への差別思考は、その差別制度に支えられ、様々な虚構、嘘、大げさにデコレーションされ今の日本社会に息づいているのです。 さて、「差別語」の問題はというと差別の制度的根源から発生し、刷り込まれてきた差別思想の表象といえます。したがって「差別語」を禁止すれば差別が無くなるという事はないし、差別語狩りに忙しくなりすぎると、逆に差別の本質を見極め解決するこ とから遠ざかる事にもなりかねないと思います。しかしまた、差別語で直接負う傷は非常にきついものがあり、差別語を放置し続ければ、差別自体を拡大させることに繋がっていくのも事実です。特に影響の大きいメディアでは差別語を単に禁止しチェックしていくだけではなく、差別の歴史背景や実態などを積極的に啓発していく、公的メディアを使う者の義務があると思います。 「啓発」で思うことがあります。私が幼少期から住んでいたのは、ブタ小屋の臭いが漂う下町で朝鮮人が多く住み、また未開放部落に隣接する地域でした。差別を受ける人々が密集していたとい言ってもよい所でした。しかしここでは差別をされる者同士が助け合うと同時にお互いを差別しあうような差別語で溢れかえる日常がありました。ありとあらゆる「差別語の百貨店」のような所でした。差別の構造は何層にもつくられ、差別される者同士がいがみ合いエネルギーを下に向かわせます。私はそのことを目の当たりにしながら育った事になります。 そこで私にこびりついたキーワードは「無知からの開放」でした。私自身、他人ではなく自分と自分の出自を恨み死をも思う経験もしました。大学時代に先輩から知識を得ていっきに自己解放していった体験も持っています。ああ、あの時のあの人たちは無知の罠にはめられ、人と自分の両方を傷つけていたのだと思いました。不断に「無知からの開放」=「啓発」が必要だと思いましたし、今も変らず思い続けています。そして、差別の制度、仕組みを打ち壊さなければという思いが私の一番のよりどころだと言えます。(KFC理事 李圭燮)


■■■日本語プロジェクト■■■

◆あきまつり開催
10月28日(日)、秋祭りを開催しました。参加者は49名、バザーの売り上げは5175円でした。参加いただいた方、バザーの商品を提供していただいた方、ありがとうございました。

◆「あきまつり」に初めて参加して
10月28日(日)、初めての秋祭りでタイ料理の手伝いをすることになり、午前10時に会場の「ハナの会」におもむきました。
準備された珍しい食材に目を奪われ、どんな料理ができるのか興味津々で講師役のチャリサーさんの指示で下ごしらえをしていると、隣のテーブルでもベトナム料理の春巻き作りが始まりました。程なく向こうの方からもおでんやたこ焼きのいいにおいが漂ってきました。ココナッツミルクがたっぷり入ったトム・カー・ガイが出来上がると、待ちかねたように中国人男性が豆腐と野菜を軽快な手さばきで炒め始めました。春巻きもすっかりあげ終わる頃には、テーブルの上には手作りの炊き込みご飯、いなり寿司、デザートのクッキーまで所狭しと並べられ、参加者もどんどん増え、会場の雰囲気 は盛り上がってきました。どの料理もおいしく食欲をそそられるものばかり、ひととおり賞味し終える頃にはすっかり満腹になっていました。
食後はゲームや参加者どおしの話もはずみ、日頃話す機会のないスタッフ、ボランティア、各国の学習者の方々との交流の良い機会になりました。お天気にも恵まれ、さわやかで楽しい一日を過ごすことができたことを感謝します。ありがとうございました。           (大西啓子)


◆10月研修会@  「多文化共生人権ワークショップ」
10月6日の日本語プロジェクト研修会は、日本語ボランティア養成講座の受講者約三十名に合流して、新長田勤労市民センターに集まりました。座席はくじ引きで決められました。今日はワークショップ形式の講座なので、6人構成のグループ分けをするよう講師から指示があったからです。 講師は、KFC理事でもある甲南女子大学の野崎志帆准教授です。
先生は最初に「本日の講座は講義を受ける形ではなく、ワークショップ形式により受講者の意識を高め るところにその目的がある」と切り出し受講者の耳目を集めました。何に関する意識かと言うと、外国にルーツを持つ人々の文化と日本文化が共生することに関する意識です。 まずはグループ内部で自己紹介するように指導されます。そのあと、各自のアイデンティティを5つ書き出し、その中で最も自分らしさを表す分子に印をつけ、さらにそれぞれの分子が「社会的に不利な条件」なのか「社会的に有利な条件」なのか種別分けをして、それを各グループ内で発表するように指示されます。これにより各グループ要員間の親密度がかなりの程度に高められたように思います。
本題のワークショップでは、各グループ内でトランプゲームをし、各グループのゲームの最下位者は隣のグループに移籍してゲームを繰り返します。このゲームでは言葉を発することは禁じられています。あとで判ったことですが、重要なことはグループごとにゲームのルールが微妙に異なることです。そしてそのことが誰にも知らされていないことです。 隣のグループに移籍した人が抱いた感情は、驚き・不安・孤独・損をした気分・戸惑い、など。移籍した人を受け入れた人が抱いた感情は、移籍されたくない・送り出すとき寂しかった、など。ゲームが終わって元のグループに戻った人が抱いた感情は、安心・外国経験みたいだった、などでした。 「郷に入らば郷に従え」は一つの真理ではあろうが、それだけで律していいのか、少数派だけに犠牲を強いるだけで解決できるのか、多数派が「変わる」こともできるのではないか、との先生のまとめの言葉が印象に残りました。
楽しくてかつ有意義な、多文化共生の疑似体験でした。 (ニュース係 操田誠)


◆10月研修会A  「初めて教室へ来た人とのコミュニケーション」
10月26日の研修会は養成講座に合流しました。講師は東灘日本語教室所属の藤川多津子先生で、メンバーは回を重ねて顔なじみになって、自由に発言する雰囲気でした。
先生はまず日本語ボランティアはプロである必要はなく、だからSKILLよりMINDが求められると言われました。教える前に相手が何を望んでいるか、何を求めてここへ来たのかと察してあげるように、また教えるのではなく、学ぶ手助けをする姿勢を持って欲しいと望まれていました。 今の支援の現状でよく見られるように、先生がしゃべって生徒がそれに答えるだけの授業は好ましくなく、生徒が何が目的でここへきたのか、多分しゃべりたいので来ていることが多いと指摘されました。 先生はテキストの問題も取り上げ、テキストを勉強するのでなく、テキストを教えるのではない。テキストで教える、テキストで 勉強するのだと言われ、皆心から納得しました。確かにテキストにしばられていて、どの程度まで、忠実にしなくてはならないかと迷っている私達には一つの提案になったと思いますし、これから始める支援者にもを とでの違いはやりだした時、いつか参考になるのではないでしょうか。
最後の先生の「時々、なぜ支援をはじめたのか初心の気持ちに戻ることもしてほしい」との言葉と「スマイルを使う」という言葉を忘れないでおきたいものです。 (ニュース係 気賀倭文子)


■■■ 外国人の子ども学習支援■■■

◆多文化子ども交流会を開催して
この交流会を企画したきっかけは、前期のゼミの授業で在日外国人の労働問題や外国にルーツをもつ子どもたちのことを勉強したことでした。私たちが知らないところに、そういう人々が日本にいることを知り、衝撃を受けた私たちは、こういった人々と実際に交流し、またこれらの人々のコミュニティを広げていくお手伝いが少しでもできたら、と考えました。そして、ゼミの学生が皆子ども好きだったこと、また、ゼミ担当の野崎先生が KFCと関わりがあったこともあり、今回、KFCの学習支援教室に通う子どもたちと交流をしよう!という企画を考えました。
企画作りは楽しいものでした。交流会の名前は何にしよう?日本語がまだよくわからない子どもがいる場合はどうしよう?体を動かすゲームをしよう!と、みんながやりたいこと、子どもたちが求めていそうなことを考え、プログラムを考えていきました。企画を実行するためにやらねばならないことは沢山ありましたが、みんな本当に 楽しみながら、普段の授業とは違って生き生きと活動していました。
実際、どういう子どもたちがいるのか?一度、KFCで勉強している子どもたちの様子を見学させてい た だきました。一所懸命勉強しているのだろうな…と思いきや、そこでの子どもたちの姿は元気よく、いや、元気が良すぎて、わたしたちは子どもたちの姿に圧倒されました。 「 大丈夫かな?」と一瞬誰もが企画の成功を危ぶんだ瞬間でした。 そんな不安な気持ちもありつつ、当日を迎えまし た 。
何人の方が参加してくださるか分からなかったので、それだけが唯一の心配事でしたが、17人という予想をはるかに上回る数の参加者で、人数確認の電話を受けた瞬間は、 自分たちの企画に、こんなにたくさんの参加者がいることに、本当にやりがいを感じました。
当日は10時を過ぎたくらいからぼちぼちと参加者が集まってきました。子どもたちが揃い始め、自己紹介から交流会をスタートしました。机上での計画段階では、輪になって自己紹介をしようという案はなかったのですが、みんな多少は緊張していたものの、自然と輪になって、手をつないで自己紹介ができたのがうれしかったです。その後、Tシャツづくりをしたり、みんなで昼食をとったり、体を動かしてゲームをしたり、カードを作ったり、時間が経つほどこどもたちは私たち大学生に親近感を覚えてくれ、中学生の生徒さんたちも照れながらも輪に入ってくれて、みんなが積極的にこの交流会を盛り上げてくれていることに心から感謝しました。
 今回、この交流会はただの楽しい会で終わったわけではありません。私たちはこの日、子どもが親御さんと話す言葉が外国語だったこと、世代の違う親御さん同士で色んなお話をしていた様子、文化的背景も年齢も違う人々同士のふれあい、そして参加してくれたこどもたち全員がもっていた、素直で純粋な心や感性をこの先ずっと忘れないでおこうと思いました。今回、参加してくれた子どもたち、ご家族のみなさん、ご尽力くださいましたスタッフのみなさまに心から感謝申し上げます。   (甲南女子大学多文化共生学科 久貝詩乃)


◆「JSLカリキュラムを地域での学習支援に生かすために」に参加して
 9月15日(土)JSLカリキュラムの講習を受けました。資料が配られ、最初はさっぱりわからず、周りを見れば先生や学生さんが多く、専門的な人の集まりに来てしまったと心配になりました。
 まず初めに講師の方からカリキュラムの概要説明があり、その後実践例をビデオで見てから、講師の方から示された学年・教科(単元)の中で興味のあるものを選択し、数名のグループに分かれて、教案を作成することになりました。

@ JSLカリキュラムの基本的な考え方
 子どもの発達段階と日本語の力のバランス、教科学習に関連する経験・知識・技能(出身国での状況)を視点におさえた上で、日本語での日常会話が一定程度にできるようになった子どもを対象に教科書の学習に参加する日本語の力(学ぶ力)を育むために開発されたカリキュラムです。

A 実践例(理科のトピック型実践をビデオで視聴)
目 的   まず学習の目標を決めます。今回は「月の満ち欠けを理解すること」でした。
         ↓       
体 験  月の絵、写真等を使って、月の名称及び子どもの知識の確認を行い、仲間達とやりとりしながら興味を深めていきます。  先生は具体物を準備し、体験的活動をします。表現のためのモデルも提示します。
       ↓              
探 求   先生はボールにライトをあてて影を作り、疑似体験をさせ、子どもたちに答えてもらいます。観察、調べる、実験する、情報を利用・比較して考えます。分析・推測する、関連付けて考えるなど認知活動をさせます。
       ↓       
発 信   新しく知ったことを日本語で整理し、それを他人に伝えます。感想を引き出し、作文を書いてもらい、発表させる場合もあります。発信が理解を深めるためには最も重要だそうです。

B 授業(教案)の作り方(実践練習)
 Aのような流れで対象と単元が決められた国語・社会・算数の3つの教科の中から関心のあるものを選び、3〜4人のグループに分かれて教案を作成し発表を行うことになりました。  私は国語を選び、対象は小学3年生で「分類」という事をわかりやすく理解させることを目標とした教案作りをすることにしました。  スーパーマーケット、タンスの中、猫のイラストの資料から1つ選んで教案作りをした後、違うグループの人とお互い質問したり意見を述べあったりしました。

 教える時に勝手にその知識があると思い込んでしまったり、子どもが知っているだろうと思って使ってしまう言葉があったり、本当に子どもたちに理解できるように解りやすく説明することの難しさや、子どもたちが日本語で理解するのはなかなか難しいことだと感じました。  これからも教える側がより一層努力しなくてはならないと思う一日でした。(後藤アユ子)


■■■ ハナの会■■■

◆久しぶりの遠足!南公園と神戸空港に行ってました。
  10月23〜25日の3日間、ポートアイランドにある南公園と神戸空港へ遠足に行きました。
 3日間ハルモニたちの事故もなく、遠足に行くことができたことは、本当に楽しい思い出になったことと思います。(お天気の気になる曜日もありましたが・・・)  いつものデイサービスで過ごされる時間と違った外の空気をたくさん吸って、おいしくお弁当やコーヒー、おやつを食べて、また子どもの頃の遠足に行ったときのように楽しく過ごすことができました。
 またこういう機会を持つことができるようにスタッフも頑張りたいです。(韓容子)

◆遠足について ハルモニたちにインタビュー
Q.空港と公園の遠足はどうでしたか?
A.良かった!!(全員の方から)
Q.お弁当はどうでしたか?
A1.口にあっておいしかった。
A2.外で食べるのもあって、よりおいしかった!
A3.大根の煮物がおいしかった!
Q.空港での飛行機を見てどうでしたか?
A1.足が悪い方は、空港の展望の所へ行けなかったのと、飛行機を立って見れなかったのが残念。
A2.初めて行って見た所だから飛行機は乗るのと見るのと違うね。
A3.前にお友達と花鳥園に行った帰りに空港に来たことがあるよ。飛行機の到着するのや出発するのを見て、楽しかった!またこんな機会があったら、おでかけしたいわぁ。
Q.車での外出で距離的にはどうでしたか?
A.ちょうどいい。あんまり遠いとしんどいけど、年寄りを遠くに連れて行くのはあかんよ。でもこの距離だったら、また連れて行ってほしい。
Q.公園での過ごし方について
A1.歌を歌ったり、チャンゴでおどったりで気分が良かった。秋の花を見れて良かった。
A2.若い頃、よく同胞で集まったり、踊ったりしたよ。
A3.寒くなくて本当に良かったよ。 (韓容子)


◆ウキウキしながら遠足へ!
10月23日、ハルモニたち及びスタッフ総勢26名で遠足に行きました。暖かい秋の日差しが気持ちよく感じる日でした。
 お茶や体操など、朝の行事を済ませ、4班に別れて出発しました。職員の方から目的地や日程の説明がありましたが、忘れてしまい「どこへ行くの」と聞き返すハルモニもおられましたが、皆さん、ウキウキした様子でした。
 私は先頭の車に乗りました。ハルモニたちはあまり長距離の外出の機会がないせいか、車窓から見える景色が新鮮であるようでした。「大きいマンションが多いね」とか「車も多いね」「昨年は花がたくさん咲いているところに連れて行ってもらって楽しかった。また今年、連れて行ってくれるのでありがたいな」と、色々話しながら神戸空港近くの公園に到着し昼食をとりました。秋を感じながら皆で食べるお弁当は格別においしいと、ほとんどの方が完食でした。
 食事が終わり、すぐチャンゴとプクにあわせて歌い始めました。踊る方やみんなの前で誘われてちょっと恥ずかしそうにしていたハルモニもいつの間にか歌手になったように熱唱しました。みんなが笑い手を叩きながら歌いました。私はハルモニたちの歌のレパートリーが多い事や熱気に感心しました。寂しいときや辛い時は祖国の歌を聞き歌い、寂しさやつらさを乗り越えてきたこともあったような気がしました。もっと歌い踊りたいようでしたが、未練を残して空港へ行きました。滑走路の飛行機を見てあれに乗っても韓国にいかれへんでと言いながら、飛行機が飛び立つのを見ていました。ベンチに座ってコーヒーやおやつを食べました。
 帰りの車中で新開地付近を通る頃、(私は居眠りをしてしまいました。ごめんなさい)ハルモニが「昔芝居を見に来たことがある」と言って、「まだ劇場があるならもう一度芝居を見たい」とおっしゃり、職員の方が「そやそや今度はそうしよう」と返事をするとハルモニはうれしそうに微笑んでハルモニたちの笑顔はとても素敵でした。
 これからもみんなでよい思い出を作り、笑顔で健康でおられますように祈るばかりです。ハルモニたち、職員の皆様、ありがとうございました。 (ボランティア 李ヘスク)


■■■ 今後の予定■■■

日本語研修会・連絡会
 12月8日(土)13:30〜16:00  
   「地域に暮らす外国人の医療事情」    
    田口奈緒(若宮病院医師)   於 デイサービスセンターハナの会
 1月12日(土)13:30〜16:00
   「日本語を教えるためのベトナム語講座」
   北山夏季(大阪大学大学院言語文化研究科)      於 デイサービスセンターハナの会

■ハナの会、ソロソロ会と川崎トラジの会との交流会
 11月27日(火)  於 デイサービスセンターハナの会

■ハナの会と真陽小学校2年生との交流会
 11月30日(金)      於 デイサービスセンターハナの会

年末年始のお休み  12月29日(土)〜1月3日(木)