KFC-NEWS  2007.3.17  No.77


■■■KFC10周年を終えて■■■ 

2月11日、「KFC10周年のつどい」 と「記念祝賀会」を多くの方々の参加を得て盛大に終えることができました。

当日「KFC10周年のつどい」では、来賓の祝辞をいただいた後、KFCの前史を含めた12年間の歩みの紹介、記念講演と してなだいなださんに「常識の残酷性」というタイトルでの講演をいただく進行となり ました。

主催者側として諸事に追われ十分な対応 が出来なかったことも多かったと思いますが、皆さまのご協力ですばらしい時間が持てたと感じています。あらためてご参加いただいた方々に感謝させていただきます。

特に今回、一面識もないにもかかわらず 記念講演を引き受けていただいたなだいなださんの講演は、まさにKFCが進めてい きたい「共生」を考える上で、大切な視点を与えていただいたものであったと思います。

 私自身は、なださんの講演にあった「常 識」とは、そのことの正しさではなく、「結局皆が知っていること」であるということ、 またアインシュタインがその意味として、「常識とは18歳までに集めた偏見のコレク ション」という言葉を使ったという意味を今後のKFCの活動を進める上で頭に置い ていきたいと考えました。

日本には華僑や在日コリアンの長い歴史 とともに新しく外国から来て住みはじめた人たちの歴史もはじまっています。各々が それぞれの歴史の中で培ってきた常識を持ち暮らしており、その常識は時に日本人の常識と異なり摩擦も起こします。

 その摩擦が、単なる小さな文化の違いで留まっていればよいのですが、人の生活や人生にまで影響を与えるようになると大きな問題になります。

 私たちのまわりにも受け入れたくない 「常識」がたくさんあります。兵庫県では日本国籍がないと事務や技術といった職種の県職員にはなれません。学校の先生になりたいと希望を持っても兵庫県や神戸市では 外国人は専任講師という管理職になれない道しか開かれていません。在日コリアンの 高齢者に年金がないことも区別だといわれます。それが悲しいことですが私たちが今 生きている社会の常識です。

 KFCは、残酷な「常識」がまかり通る のではなく、人に暖かい「常識」が広がるよう新しい歩みを踏み出せればと考えます。(理事長 金宣吉)


■■■なだいなだ先生による記念講演「常識の残酷性」を聞いて■■■

講演者なだいなだ先生は、作家・評論家と してご高名であることもあってホールは満員の盛況でした。そんな中で先生はとつとつと、そして気さくに話をお始めになりました。お話は、作家・評論家としてよりも、 むしろ先生のもう一方のご職業・精神科医、とくにアルコール依存症治療医の経験談か ら始まりました。

以下、講演の一部を「である調」表記で紹介させていただきます。

なだいなだ先生は、若いころアルコール 依存症専門の精神病棟の責任者となった。先生の病棟運営方針は、病棟に鍵をかけず、 そして患者に金を持たせることであった。当時の常識はこれの正反対で、病棟に鍵を かけ、そして逃亡予防措置と称して金を持たせないことであった。このころアメリカ では「禁酒法」で追放できなかった「酒害」を、患者が自らの努力で酒を断つ断酒運動AA (AlcoholicsAnonymous)が活発になってきていた。AAの情報は日本にももたらされて いた。そういう時代背景もあって、患者自身の自助努力をはぐくむ先生の運営方法は 大きな成果を挙げていった。病棟からの逃亡者がなくなり、退院した患者も再び酒に おぼれることはしなくなった。退院した患者がまれに「ついつい飲んじゃった」と言っ て戻ってくることがあるが、そんな人に「よくがんばったね」と言うと、謙虚になってく れる。今までの常識的な対応ならけなしていたところを、褒めてやると本人がやる気 になってくる。
「常識」という言葉は明治以降に作られた 言葉。Common-Senseの翻訳語。元は哲学用語であった。今では一般人が持っている知 識と解釈されているようである。

先生は言葉では表されませんでしたが、 筆者の感想としては、「常識」とされていることも重大な誤謬が含まれていることがある、 ということだと理解しました。そして、「褒めてやると本人がやる気になってくる」とい う言葉は、外国人への日本語支援活動にも活かせる視点だろうと心に刻みました。

仏政府給費留学生として渡仏され精神医 学を学ばれた先生は、フランス人女性と結婚されました。サービス精神旺盛であるこ とを自認される先生は、こんな冗談を披露してくださいました。「フランスへ行く直前 に、お世話になった人から『青い目の女性と結婚することはまかりならん』と言い渡 されたのですが、実際にはフランス人と結婚することになり、そのお世話になった人 になんと言い訳したものか大いに悩みました。悩んだ挙句、彼女の目が緑色である事 に気がついたんですよ。」 聴講者一同大笑いでした。

締めくくりに、支援活動はつっかい棒で ある、とお話されました。支援する側は「助けてあげている」と自認して活動しているの でしょうが、実際は、支援活動はそれを受ける人がいないとずっこけてしまう、つっ かい棒のようなものであるというのですね。このお話も印象的でした。

講演の標題の「残酷性」のお話はついぞ出 なくて、いいお話だけの講演でありました。(操田誠)



■■■KFC10周年祝賀会■■■ 

 18:00から黒田一美さんの乾杯のご挨拶に より始まった祝賀会にもたくさんの方にお越し頂きました。
 NGOベトナムinKOBEのスタッフで、KFCに もインターンとして来てくれていた北山夏季さんとKFCの学習教室やNGOベトナム inKOBEのベトナム語の母語教室に通う子どもたちによるベトナムの楽器である一弦琴 とベトナムの歌の披露がありました。
 また朱良枝さんのチャンゴにあわせて、 朝鮮民謡教室の生徒たちが民謡を披露しました。
 そして当センターに関わりのある方に多 国籍料理を作っていただきました。特にベトナムのうどん banh canhは、最近はとても有名になったフォーとは違って片栗粉で できた麺で珍しく美味で、参加していただいた方に喜んでいただきました。他には関 西ブラジル人コミュニティの協力によるブラジル料理のリゾーソスとコシーニャ(鶏 肉のコロッケ)、ペルー料理のセビーチェ(海の幸のマリネ)、 ピカンテパパ(マッシュポテトにピリカラのクリームソースがか かったもの)、韓国のキンパ(海苔巻き)や蒸し豚、キムチ、エジプト人の方によるピザや 手作りのクッキー、ベトナムのデザートチェーなど盛りだくさんで、どれも本格的 でした。
 当日は遠方からもボランティアが駆けつ けてくださったり、受付、記録、配膳など多くの方にご協力頂きました。おかげさまで、 無事終了することができました。本当にありがとうございました。


■■■日本語プロジェクト■■■
◆2006年10月,11月,2007年2月研修会「補助教材を作ろう」

 昨年5月研修会で神戸市中国人帰国者日 本語ボランティア協会作成の補助教材を見て、よく考えて作られているのに感心しま した。それに刺激を受け、KFCでも作ってみようということになりました。
 10月は補助教材にはどのようなものがあ るか、「みんなの日本語T」の市販されているもの、身近にあるものを使う、個人が作 成する者などの話があった後、渡辺智子さん作の神戸近辺の電鉄ごとに色分けされ、 ラミネート加工された駅名カードなどを見せていただきました。すばらしさに一同感嘆。
 11月は活字で打ち出した「みんなの日本 語T」の「動詞ます形」カードをラミネート加工し切り分けました。ラミネート加工は 初めてという人もあり、わいわいと楽しい作業でした。そのあと高橋博子さんに「動 詞て形の作り方」練習に使われているカードとその使い方の実際を見せていただきました。
 2月は「補助教材の使い方」。みんなの日 本語T」テープで14課の聴解問題を学習者になり解きました。日本人でも集中しない と間違うことがあります。13課会話テープを聴きました。
 初級レベルの学習者には補助教材を使う ことによって学習効果が期待できます。補助教材の使い方を考えてみるよい機会にな りました。11月に作ったカード、支援者がくださったものが事務所の本棚に5ケース ありますので、授業にご活用ください。(清水政子)

◆3月研修会「漢字の教え方」
3月10日(土)は2006年度最後の研修会で海外技術研修協会の講師であり、また地 域のボランティア日本語教室で、現場でご活躍中の澤田幸子先生から「非漢字圏の学 習者に対する漢字の教え方」というテーマで話を聞きました。現在行われている日本 語ボランティア養成講座の受講者も何人か出席され、盛況でした。
 澤田先生は時折、質問を投げかけ、私達 は黙って聞くだけでなく、考えを述べ合うアットホーム的な雰囲気でした。
 なぜ漢字の学習が必要なのか。片仮名、平 仮名にない漢字の利点。漢字は意味を担っているので見て意味を推測できる。関連語 から語数を増やせる。漢字を使うと字数を少なくできるなど、皆で考えました。
 漢字の学習指導方法は、膨大な漢字の量 に圧倒されないように、能力検定の4級は百字必要であるなど小さいゴールを与えるこ と。筆順をどの程度徹底するかという問題提起もありました。日本語支援にいつも言 われているように、学習者のニーズに合わせたケースバイケースの方針をとるように と先生は結ばれました。


■■■ 外国人の子ども学習支援■■■

◆H君、T君と学んで

 私がH君と出会ったのは昨年の4月のこと でした。ベトナムから日本へ来てまだ数ヶ月の中2のおとなしい少年でした。

 それから1週間に1回「みんなの日本語T」 を勉強し始めました。彼は真面目で理解力もあり、1回に一課ずつ進む成果を上げてい ました。そこへ昨年10月にT君が加わり、三人となりました。T君は日本に来て数年経 ち、明るく日常の生活力や会話力はあるのですが、日本語の基本的力をしっかり養う ために一緒に勉強することになりました。H君は丁度「みんなの日本語T」が終わり、 「U」を学び始めた時でした。

 二人が一緒に勉強し始めると、同級生と してお互いに刺激しあい、今までおとなしかったH君も力強くT君と言い争ったり、あ げあしを取り合ったりと普通の中2のありのままの姿がみえるようになり、活気があ ふれる反面「集中しよう」「あげあしをとらないこと」と大声でどなることも多くなり ました。考えてみると、彼らは学校では6時間の授業を受けてから、H君はテニス部、T 君は野球部と熱心に活動して家に帰り、すぐ日本語の勉強のために7時に間に合うよ うに空腹をおさえて、必死にやってくるのです。

 彼らは各々の事情で日本に来て、日本語 も十分理解できないままに、すべての教科の授業を受け、テストも受けている姿をみ るにつけ、大変なことだと改めて感心させられます。もし私が彼らの立場に置かれた ら、到底やっていけないことでしょう。彼らの置かれた環境に文句も言わず素直に努力 している姿勢に日本の子どもたちも学ぶことが多いでしょう。しかし、彼らが努力して乗り越えられる のは、「今、若さがあるからだ」。語学をはじめ、すべてを吸収できる最適な時だから こそがんばれるのだと思うのです。学ぶ楽しさを味わえるようになり、将来、ベトナ ムと日本との架け橋になれる人に育ってほしいという願いをこめて、お互いに苦し み、時にはけんかをし、小言をいいながら、彼らの日々の成長を楽しみに勉強しています。 (西山澄子)


◆子どもの学習支援者新年会開催!

1月31日に韓国料理「すっからちょっか ら」で新年会を行いました。支援者の方17名が集まり、支援曜日や時間が異なる ため顔を合わせることのなかった方同士で話をする機会を設けることができ、大 変盛り上がりました。次回の幹事まで決まりましたので、ビールのおいしい季節 に次回は開催したいと思いますので、みなさん振るってご参加ください!

KFCの書棚より 「異郷の人間味」  高賛侑

 人が世界中を国境を越えて移動している流れの中で、日本に来て住んでい る方の数は目に見えて増えていますが、経緯や事情は個々に違います。 50名のそれぞれの生き方の話が収められていて、気軽に読める本です。


◆KFCハナの会

 2007年が始まり、いつものように日常のデイサービスが1月4日に開始しました。お 正月の間に子どもの家に行ったハルモニ(おばあさん)、子どもが家に来たというハ ルモニ、一人で過ごしたというハルモニ、色んな方々がハナの会に集って会えなかった 日をどうやって過ごしたかをおしゃべり。ハルモニたちにとってハナの会が「日常」に なっていくことを純粋に嬉しく思います。

 去年の暮れにはさんざん「忘年会はしな いのか?」という問いかけに「新年会をするから」と答えたのだから、新年会をしな い訳にはいかず、1月20日に新年会が開かれました。理事長の「新年明けましておめ でとうございます」との挨拶に「何がめでたいんじゃ。また年をとるじゃないか」と いうコメント。それに「あはは。そうですね(苦笑)」と回答の理事長。面白い。

この日は、長田のコミュニティ放送局FMわぃわぃのプロデューサーと在日コリアン 青年連合に所属する青年3人が参加してくれました。「ハナの会、どうですか?楽しい ですか?」との問いかけに「ここがいいねん!」と期待通りの回答(!)のハルモニ。 青年に向かって「若い兄ちゃんが来てくれるのも嬉しい。アンタ、また来なあかんで」 とおっしゃっていました。「若い」のがいいのかしら?この日は、来所曜日が異なる利 用者同士の交流があり、「あんた、松野通りに住んでなかったか?元気にしていたの か?」「お互い年取ったな」という会話がある。また、お酒を飲んで気分よく高らかに うたいまくるハルモニに「いつもは、マイクはいやや、いやや、ゆうくせに。客がい るからといっていい顔するなよ!」と皮肉もたっぷり。(お互い言いたいことは言って いるので、特にケンカにはならないのです)

 この日、印象的な出来事が二つありまし た。食事が一旦終わると、ハルモニの指示(!)により机をたたみスペースを広くし て、いつものようにチャンゴに合わせて歌が始まりました。アリランやトラジ、まさ に歌合戦。そして、「涙の連絡船」が始まりました。この歌をご存知の方も多くいらっ しゃると思いますが、題名の通り「なみだ、なみだの別れ」の歌。ハルモニたちにとっ ての「別れ」とは、祖国を旅立つとき、家族を見送るとき・・・色んな意味を持つ誰 でも経験したつらい思い出の一場面であることは間違いないだろう。この歌もぐぐっ と寂しいフレーズに差し掛かったとき、涙をふいて泣き崩れる「役者」が登場したの です。白いハンカチで目を押さえたあるハルモニが、歌う人にしがみついてまさに 「(嘘の)涙をながしている」のです。それを見ている他の人々は、大爆笑!一気に笑い の渦に。

 「これがハルモニだなあ・・!」と思う。母 国語で歌われる「涙の連絡船」は、悲し過ぎる歌なのに、それが今の彼女らにとっては 一番盛り上がる歌なのです。

 力んでハルモニの生い立ちや暮らしを聞 こうとすることがあります。しかし、彼女らにとってそれは「単なる暮らし」で特別 なことではないかもしれない。しかし、この大爆笑のような状況の中で、ふとハルモ ニたちの強さを思い知らされます。実際、彼女達の話には耐え難い経験が多いため、ハ ルモニの立場が自分だったら?という想像も出来ないのです。

 そして、もう一つの出来事。

この日、私は準備のために午前10時前 に新長田に着き、新長田駅前の広場であるハルモニに会いました。集合時間には早す ぎる到着。しかもハナの会のパンフレットを持ってキョロキョロしていました。今の デイサービスセンターハナの会が開設される前は、新長田駅前のピフレの調理室で 「食事会」をしていました。今はないこの食事会を探しに来たのでしょう。この Aさんは認知症で、ご自身の記憶をたどって、以前のように行動されたのです。私が声を掛 けると、安堵した様子でした。私の顔は覚えていてくれて良かったです。そして、そ の日が新年会であると伝え、何もなかったように楽しそうに過ごしてタクシーに分乗 して帰って行かれました。この日は、新年会が偶然開催されていたけど、他の土曜日 にもこうやってハナの会に来ているかもしれない。閉まっているシャッターの前に 立っているかもしれない。なんとも言えない気持ちでした。だからどうだという結論 はないのですが、せめてこの一日を楽しそうに過ごせてもらえて良かったと思いまし た。(鄭秀珠)


■■■ 今後の予定■■■
KFCお花見

 4月1日(日)11:00〜  於 妙法寺川公園

■春休み子ども勉強会

 3月26(月)・28(水)・30日(金)13:30〜17:30

日本語プロジェクト

 2007年度日本語プロジェクト係り合同

 運営ミーティング 3月27日(火)13:00〜於 KFC事務所

日本語研修会・連絡会

 4月14日(土)13:30〜16:00 「学習者をおまねきして」     於 デイサービスセンターハナの会

 5月12日(土)13:30〜16:00 「外国人定住事情」(予定)     於 デイサービスセンターハナの会