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KFC-NEWS  1998.3.17  No.13


■■■近況報告■■■

1月からはじめた在日ベトナム人向けのアンケートが、徐々にですが返ってきています。質問項目のなかに「子どもたちに民族の文化、言語を教えていきたいですか」というものがありますが、その質問に対してほとんどの回答は「伝えていきたい」となっています。
一方、KFC のスタッフでもある NGA さんたちが、来年度から実施したいと願っている在日ベトナム人の子どもたちへの民族教室開催にむけての準備会は、何度呼びかけても集まりが難しいようです。
KFC は、発足当初から活動の目標として外国人住民の自立、自活を大きな課題にしていますが、その前段として日本に住む外国人住民自身の民族の自覚は大切な問題だと思われます。
どうすれば先に書いた矛盾が解決するのか大変難しい問題ですが当事者の活動を自主性を損なうことなくサポートできればと思います。
もう一つは大変うれしいことなのですが、神奈川県の大和の定住センターで相談員をしていらっしゃる佐藤さんが、当センターを訪問してくれました。大変熱心に仕事をされている佐藤さんがいった言葉に「やはり定住センターの相談員には在日ベトナム人が必要」といった内容があったということです。 
外国人住民自身が日本の中で主体性をもって外国人支援活動に参加するのは大変難しいことですが本当に大切なことだと思います。
神戸の定住センターも早く気付いてくれればいいのですが。
(金宣吉)


■■■外国人は何処に住めばいいのですか■■■

多発している入居差別を抜本的に根絶する目的で、県建築指導課と県国際局を窓口として昨年12月15日付で宅建2団体に対し要望文書を提出した。
宅建2団体の内規もしくは定款に、外国人排除を始めとする差別物件を取り扱わないことを明記し、団体会員に徹底してもらい、団体会員事務所へ家主から入居差別物件が持ち込まれた場合は県に報告するよう指導することを要望していた。
今年1月20日までに文書回答することになっていたが、2月12日付文書で(社)全日本不動産協会兵庫県本部から回答があり、(社)兵庫県宅地建物取引業協会からは、文書回答できないことが理由もなく電話で通知されてきた。
(社)全日本不動産協会兵庫県本部は回答文書で、

[1]外国人排除の差別物件を取り扱わないという表現ではなく「会員は、取引にあたり社会的、経済的その他いかなる差別も排除し、平等、公平を旨として業務に従事しなければならない(1986(S61)年12月16日)」と倫理規定を定めている。
[2]家主と仲介業者の力関係から会員業者が入居差別物件を取り扱った場合に報告するように指導しても、業者自らの死活問題にもかかわる場合には報告をしてこないことが予想され、実態を把握することは困難であると思われる。

と回答しながらも、会員へ認識させるための研修会等に協会の全力を挙げて取り組むことを表明している。

●文書回答を拒否した(社)兵庫県宅地建物取引業協会
入居差別根絶に向けた取組みへの真摯な姿勢がみられない(社)兵庫県宅地建物取引業協会への指導を徹底していただく目的で2月26日に県建築指導課長と直接談判した。
入居差別を依頼する家主の事務代行を行っている宅建業者に対し、宅地建物取引業法第65条「公正な取引を行わなければならない」に違反していると考えている私たちは、この法律で『県からの行政指導は可能である』のかどうかを確認する目的で、県に法律所管官庁である建設省に質疑文書を提出し、条文解釈の定義を建設省からの回答文書=通達=「行政実例」により引き出すことを要望した。
また、県職員の天下り機関ともなっている不誠実な(社)兵庫県宅地建物取引業協会に対し、私たちが昨年文書要望した趣旨に沿った「外国人排除物件は取扱わない内規」を制定するように行政指導することとともに、早急な文書回答も強く行政指導するよう要望した。
昨年1月の人種差別撤廃条約批准により、法務省は入居差別は NO! という意思表示を明確にしている。しかし、個人も業者も法律で取り締まれないことが今も続いている。
家主だけが本当にわるいのだろうか?
作・演出・幇助の張本人は誰なのか?
みなさんと共に追及していきたいと考えています。
(孫敏男)


■■■子供の叫び声に耳を傾けて!■■■

このあいだ、ある中学校の依頼で、その中学校にうかがいました。すると信じられない話が耳に飛び込んだのです。この中学校1年生のベトナム人の子が、なんと同じ柔道部の2年生の子に足の爪を舐めさせたと言うことです。私は大変なことだとおもわず心から叫びました。学校の先生は、この子を指導したと言うのです。しかし、その指導のしかたはちょっときつかったと言います。よく聞くと、先生も同じことその1年生の子にしたと言うのです。なぜかと聞くと、同じことしないと、どんなめに会うか分からないからしたと言うのです。でもこの子にとっては、ベトナム人だからされたと思い込んでいるみたい。学校はそんなことはないの説明と、この子の親にあやまりたいから、通訳をお願いすることにした。このことは皆さんどう思いますか? とんでもない話と思いませんか? 私はカッとなって暫く言葉も出なかった。通訳の立ち場じゃなかったら・・・しかし通訳だから言えないし、言う権利もありません。まあとにかくベトナム人の子の家に行くことにしました。
すると意外にこの子の親は怒りませんでした。反対に、自分の子はごんただし、悪いから、言うことと聞かない子だから、学校のルールを守らなかったらと思い切って言葉で指導してください! これからもどうぞよろしく! そう言うことになってしまったんです。私はしかたなく何も言えなくなりました。親はそれでも納得したのに私は言える立場ではないです。しかし、もやもやリすっきりしない気持ちでした。これからこの子はまたやられるんではないかの心配です。この子の親の気持は分からないことないです。怒るとまた学校でやられるでしょうし、先生の尊敬はすべての考えを持ってる親だからと思いますけれども私は反対だと思います。ちゃんとしないとどんどんやられるかのうせいは高いです。私なら教育関係の所までに訴えます。こいう学校には子どもを任せていいかどうか。もっと大事なのは、そいう先生が子ども達に教育を授けてもいいのか?考えてしまいます。
このごろ、子どもの犯罪や変った行動がよく報道されます。今の子どもは変わった、変だ、危険物やナイフをもっているしと、彼らのせいと責任にしてしまいます。事件後緊急インタビューなどで、子どもの意見、声を聞きます。その時、彼らの声は本音と正直な心だと思います。それを聞いて真剣に考えてくれる大人はどのぐらいいるのでしょうか? 子どもらは本当に望んでいること、ほしい物、必要な物を大人達がちゃんと与えますか? いらない物、甘やかすこと、愛情のかわりの物を与えていませんか? 日本の発展とともに豊かな生活を走っている大人、いそがしいから子ども達に必要な愛情や話相手を与えずに、代わりに金や物でカバしーてしまう。すべて学校にお任せし、責任も取ってもらう。学校は勉強好きな子も嫌い子も行かなければならない場所でもあるから、外から見えないけれども複雑な所だと思います。中ではさまざまな問題もあるはずです。子どもにとって学校にも問題があるし、家に帰ると勉強熱心の親がいるし、子どもと顔を合わせると勉強しなさいまた塾に行きなさいなど子ども達の逃げ場はないのです。何でも話せる人、また話せる親がほしい、しかしほとんどいません。ストレスは溜まるはずのです。さて、いったいどこで? どんな形で発散するのでしょう! もちろん変わった行動や考えられない行動で現わす。それで子どもでもキレることもあるんだ、大人が子どもを押込んでいることも限界だと教えてくれる。現在の子どもはかわいそうと思います。子どもらしいことや自分らしこととさせていないからです。子どもは一人一人の素晴しい考えや独自の特徴を持っているはず。親だからと言ってその子の考えや特徴を踏んで潰す権利はありえない。子どもを工作粘土のように形や内心まで作って決めてしまうのはとても残念なことだと思います。親の愛でその子の特徴ややりたいことを生かすべきではないか? ただし、親の経験や知恵などで子どもにアドバイス、説明、案内も必要だし、とても大事なんです。親はやくそくを必ずいうほど守らなければなりません。もしどうしてもの場合は、親が子供にきちんと説明しなければなりません。
子ども達を信頼し、責任も持ってもらいます。そうすると、やりたいことは納得する所までするはず。もし途中で諦められたら、親のせいにすることもないと思います。いい経験でした、今度気を付けましょう。自分で決めることだろう。自立を作る為にとにかく体験させること、自分ができることならさします。あるていど辛抱や忍耐さすことも一つの大切なことです。ほしいならまともな方法で何とか手に入るように努力する。お金の大切さの説明も必要でしょうね 。汗と労働や一生懸命働いた結果だから、大事に使うように躾ましょう!簡単にあげるとあたりまえと思ってしまうことはこわいです。叱るところにはちゃんとしかって、褒めることあれば褒めてあげます。YES & NO はっきりしなければなりません。
あいまいな躾方は子どもの為になると思いません。
世界中の親の愛情は地立か貧冨にまったく関係ないと思います。皆は子どもの教育は一番力を入れます。ただし、問題は愛情の表わし方なんです。大きく分けると二つがあります。かわいいから何もさせない、してあげたい親と、かわいから自立力を身に付けさせる親がいます。想像してみてください! 大きくなったら社会にはいらなければなりませんね。今まで親の腕に大事に抱いて守られ、なにもさせなかった、社会人になって、一人暮らすこともあるのでしょう。社会は親みたいにしてくれるはずはないです。そうするとまったく経験したことがないことばかり、どすればいいのか分からないで迷うし、不安だし、自信も持ってないままで生活をしなければなりません。反対に自立させたほうは、予想できたことはあるてど身に付けた。安心に社会を出して独立することが出来ます。
最近子どもの犯罪、問題などは増えてきます。大人の私達は考え直す必要があると思います。関係ないと言きれないです。全て子どものせいでしょうか? 子どもの教育問題はとても難しいです。得に外国人の子は大変です。家には母国の文化、学校・社会には日本の文化になります。二つの文化をうまく取り込んでいかなければなりません。子どものそばに来て話相手になったり、頼れる親になったりしてあげてください。大変だけれども、いい教育方法をめざしてがんばってと願ってます。
(ハ ティ タン ガ)


■■■21世紀に向けて■■■

難民として海を渡ってきた仲間たちと日本の最初の出会いは1975年6月27日のことでした。50名ほどの難民を乗せたデンマーク船が横浜港に入港する。引き取ってほしいとの知らせが政府の方にあった。しかし、関係省庁では返答に困っていた。難民条約の批准もできていなかったからです。しかし、ちょうどその前日、U.N.H.C.R. の本部から I.C.M.C.(国際カトリック移住委員会)の本部を通してカリタス・ジャパンに難民受け入れの要請が直接届いていた。しかし、カリタス・ジャパンがそのための収容施設を持っていたわけではなく、結局カトリックの教会関係や修道会関係が「人道上の問題」として何とか一時的に受け入れる事になった。その後も教会関係での受け入れは全国におよび、特に前橋の「あかつきの村」は現在も引き続き難民の世話に当たっている。政府もその後難民条約の批准に踏み切り、大村に難民を一時収容できる施設を整備した。しかし、政府は積極的に受け入れたのではなく仕方なく受け入れたのである。受け入れたのなら誠意を持って対処すべきだ。でないとその付けは残る。
しばらくして難民事業本部が組織されるが不充分。たった数ヵ月の教育だけで難民たちを社会に送り込んできた。難民たちの社会への適応には、少数の難民相談員を派遣するだけで抜本的な対策は何ら練られてきていない。社会になかなか順応する事のできない難民たちは今でも「あかつきの村」に送られてくる。送り込む事が事業本部の仕事だと思っている。全くの民間で資金すらない善意の「あかつきの村」には十分な援助もなく単に利用しているだけ。事業本部が本来しなければならない仕事を見えなくしてもいる。
神戸では震災直後家をなくしたベトナム人たちが姫路定住センターへ一時避難しに行ったがセンターは受け入れ拒否。その情報も聞きながら被災地神戸では「被災ベトナム人救援連絡会」(現在は神戸定住外国人支援センター)が民間で組織される。難民相談員たちとは折りに触れ連絡を取り合うが、姫路定住センターの被災地難民たちへの対応は地元であるにもかかわらず何もなされなかった。その後姫路定住センターは閉所。形なりにも神戸に事務所を開設するが体質は変わらない。事務所だけが立派だ。被災地の民間組織を支援する事より自分たちの業績を本部や国に報告する事のみに力が注がれているようにしか見えない。当の難民事業本部は自分たちは行政ではないと言うが、こなしている内容は全く役所仕事の域を出ない。警察沙汰になった事件には仕方なく対応し、また逆に難民たちの中で成績の良い者を評価し紹介はするが、日本の社会が彼らを受け入れない事や日本の社会の中に適応できずにいる者に対しては民間に任せきりで、尚且つその民間組織さえも本格的に支援する体制にはなっていない。これでは、「難民たちが食べるための事業本部だが、自分たちが食べるために難民たちを利用している事業本部」と言われても仕方ない。
そうは言っても、最初に難民たちと出会ってから、あと2年で四分の一世紀を迎えようとしている。もう21世紀だ。難民たちと関わってきた事業本部や民間組織は今ここで共通の課題に取り組まなければならない。それは、難民たちが自分たち自身で自立し社会に対応できる組織をつくることだ。そうなればもう事業本部も民間組織も必要ではなくなる。そのために事業本部は行政(?)として働きかけて行くことが自ずと見えてくるだろう。事業本部そのものがその組織にそのまま姿を変えて行くのもひとつの方法だ。「終わり良ければすべて良し」とでも言っておきましょうか。
(神田裕)


■■■今後の予定■■■

●3月27日〜28日 KFC 研修会
※28日は KFC 事務所はお休みします

●4月12日 復興ゆめまつり(水道筋商店街)

●4月26日 長田マダン(神楽小学校跡地)

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