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KFC-NEWS  1997.12.17 No.10


■■■近況報告■■■
 
KFC の事務所をいつも明るくしてくれているアルバイトの TUYET さんが、12月14日から一時、ベトナムへ家族の結婚もあり行くことになりました。その間かわりに、VU THI XUAN LAN さんが、来てくれる事になっています。
あまりいい話でもないのですがニュースの7号に書いたアルコール依存症のMさんがまた飲酒をはじめ、KFC としていろいろな機関やベトナムの家族とも相談して一時帰郷するのが良いという結果となり、TUYET さんの帰国にあわせて帰ります。
いま KFC の深刻な問題として、外国人に対する賃貸住宅の差別問題があります。今年の6月以降だけで当センターに持ち込まれた入居差別問題が3件、中には、ひとりが6ヵ所も断わられているというものもあって入居差別の深刻さを表わしています。この間、宅地建物取引業者を監督する県の建築指導課と再三話し合いをもっていますが、なんら進展がないのが現状です。
今月15日には(社)兵庫県宅地建物取引業協会、(社)全日本不動産協会兵庫県本部という県内の二大組織と KFC ほか2団体との間で話し合いがもたれますので入居差別の解消に向け業界団体への要望を行う予定です。
最後に年末のカンパをお願いしたところ、多数の方々からご好意いただきました。ありがとうございました。また今年一年間お世話になった方々、本当に有難うございました。来年もよろしく。
(金宣吉)


■■■「KFC 外国人支援ボランティア養成講座」を担当して■■■

「私にできる事はないでしょうか?」、「ボランテイア活動に関心があるのですが....」そう言って K.F.C を訪れてくださる方はたくさんいます。また、外国人の方からも多くの相談が寄せられています。しかし、こういったボランテイアの申し出と外国人の方からの相談・依頼内容をコーデイネイトするとなるとなかなかうまくいかないのが現状です。 
そのような状況を少しでも改善できたら、と『KFC 外国人支援ボランティア養成講座』(全8回)を開講しました。約20名の受講者の皆さんと一緒に外国人と法律や医療、言葉の壁などのテーマで勉強しています。毎回違うテーマと講師で講座がすすむので、受講者の方からも好評です。受講者の方々は、特に神戸や阪神・淡路大震災時における外国人の状況に強い関心があるようで、「震災後の神戸をよりよい街にしていきたい。そのためには何をすべきか」という前向きな姿勢が感じられ、我々スタッフ一同も心強い限りです。
第1回目の講座では、「ボランティアとは、活動を通して自分が豊かになっていくこと、新しい何かを見つけていくことだ」という神田神父の言葉が印象的でした。この講座名には『外国人支援ボランティア』とありますが、私たちは果たして外国籍の方を<支援>する立場なのでしょうか。 
ボランティアという言葉も以前よりは身近になりましたが、ボランティア=奉仕活動=大変なことという考えの人もまだ多いように思います。 
いつの日か、同じ地域に住む人々が国籍を越えて自由に意見交換ができるといいなと思います。そうなれば、支援とかボランテイアといった枠にとらわれることなくよりよい街づくりができるのではないでしょうか。
(廿日出由紀子)


■■■ベトナム帰国報告■■■

11月2日から27日まで旅行団を引率してベトナムへ行ってきました。私たちが到着したその日に超大型台風「リンダ」がベトナム南部を襲い、死者、行方不明者を合わせて約3900名、全壊・半壊家屋が約20万戸という阪神・淡路大震災に匹敵するほどの大きな被害をもたらしたとのことです。北から南へ旅行していたことや、マスコミと縁遠くなっていたため、現地におりながら詳しいことが分からず、のんびり旅行を楽しんでいましたが、テレビや新聞から徐々にその被害の大きさがわかり、取り敢えず旅行団としてささやかな救援募金を送りました。旅行者の我々には救援活動がよく見えず、どうなっているのだろうと心配でしたが、ホーチミン市青年団を訪れた時、玄関ホールには救援物資が山と積まれているのを見てホッとしたりもしました。
それにしても、今回の台風は急速に発達したため、漁船への警告が間に合わず、約4000隻もの漁船が沈没または未帰還のままとのことで、予報体制と通報システムの確立が急がれます。また、南部はヤシの葉ぶきの簡易な家屋が多いため、家屋の被害が大きかったわけですが、今後レンガ作りの家屋に変えていく必要があるでしょう。政府は国民に救援の訴えを出すとともに、個人への復興資金を貸付などの対策を講じていますが、何しろ貧しい国ですから復興まで数年間はかかるだろうと予測されています。日程の関係で被災現場を訪れることができませんでしたが、同じ被災者として今後協力しあえることが沢山あることでしょう。取り敢えず、被災者を励ますためにも緊急募金を送ることができればと思います。たとえわずかでも被災地からの救援となればさぞかし大きな励ましになることでしょう。
1975年以来今回の訪問で18回目になりますが、この4〜5年の都市の変化には目を見張るものがあります。大きなビルがいつの間にか建ち、街も段々きれいになって来ました。急激な経済成長は色々な歪みもありますが、国民は平和のありがたさを享受しながら、生活向上のために懸命に努力しているというのが実感です。何よりも驚くのは夕方になると語学などの学習塾の繁盛ぶりです。バイクや自転車がいっぱい集まっているところは大概が塾で、若者たちの学習熱は大変なものです。外国語を習得すると外国企業に就職できたり、外国からの旅行者相手の仕事につけるからとのことですが、日本語を勉強している人数はホーチミン市だけで5000人もいるとのことです。いくつか学校を見学してみましたが、生徒たちは真剣に勉強しています。英語やフランス語も日本語に劣らず盛んとのことで、本屋には語学書、コンピュータ関係の書籍、科学書が目立ちます。
いまアジア諸国の経済にかげりが見えていますので、ベトナムも高度成長がいつまで続くか心配はありますが、現在の成長率を維持できれば数年もすれば見違えるような国になることでしょう。そして、日本とベトナムの関係が今の調子で発展していけば、日本に住んでいるベトナム人も自由に往来ができ、両国の橋渡し役として活躍できるようになるのではないでしょうか。そんな日が早く来るように願ってやみません。
(中村通宏)


■■■<日本語が通じない>ということ■■■

日本語が通じないということはどういうことかをもろに体験しましたので、皆様と分かち合いたいと思います。
先日、須磨に住むベトナム人のお母さんを訪ねました。丁度、夏休みで小学6年生の子どもがいましたので、日本語の苦手な母親に通訳してもらい本当に助かりました。私の方の用事が済みますと、母親は分厚い封筒を出して来られました。O女子高校からのもので、中に、Hちゃんの通知簿と夏休み中の心得の書かれたプリントが入れてありました。
ところで、この家の3人の姉妹達はずっと以前に嫁ぎ、家にいる一番上が4女のHちゃんです。この3月神戸市内の中学を卒業して4月からはO市のある病院に住み込み、準看を目指して定時制のO女子高校に学んでいるのでした。両親は、50代に入ったばかりですが、日本語がほとんどできず、ことある毎にHちゃんが学校を休んで親に同行して通訳してきたのでした。それでHちゃんが家から出ることを不安がり、大層心配していましたが、よくしたもので、Hちゃんの代りに弟や妹が通訳してくれるようになりました。
さて、押し頂いて通知簿を広げると、赤ペンで書かれた数字が目に飛び込んで来ました。よく見ますと国語、社会、家庭科が赤点なんです。国語(日本語)が難しそうです。100満点で30点以下の得点ですと、赤ペンで記入され注意が促されます。学校からの記入欄には、Hちゃんは生活の方は問題がなく、学科の方もがんばっているが、赤点が続くと進級できないので一層頑張るように、家の方からも励ましてやってほしいというのです。

夏休みの心得は、どこの学校でも出してある同じ様なプリントで、内容は無断外泊娯楽やいかがわしい所への出入りを禁じ、異性の交友への注意、飲酒、シンナーなどの薬害を禁じたものでした。これも全部読んで聞かせました。妹のFちゃんは読むのを真剣に聞いて、逐一、つっかえ、つっかえ通訳してくれ、母親の方も真剣に、時には確かめもされました。帰り際にはお父さんからもHちゃんに電話するけれども、シスターからも注意してくれる様にということでした。
それから5〜6日してO女子高校にいるHちゃんに電話をかけました。いつもだと受け付け係かと思うほどHちゃんがすぐ電話口に出てくれるのですが、呼び出されて出てきたHちゃんは、いつもの声ではなく全く沈んでいました。私は驚いて「どうしたの? 病気なの?」と聞きました。「何でもない」。「変よ、何かあったの?」。暫く声がなく、「お父さんが...お父さんが...」と涙声になったのです。「ええ、お父さんがどうしたの?」。「私が何もやっていないのに、こんな悪いことした、あんな悪いいことしたって電話で怒るの。私は何もしていないと言っても聞いてくれない。何度言っても聞いてくれない。私は何も悪いことをしていないのに...」。
それで私は解りました。先日、Hちゃんの家で私が読み上げて通訳してもらったあのことだったのです。「Hちゃんごめんなさいね」と、私はこの間のいきさつを話しました。「近いうちに行って中2のM君にちゃんと通訳してもらい、お父さんに話すから」と言いますと、「シスター、もういい、お父さんは聞く人でないから、もっと怒られる。夏休みにもう家に帰りたくなくなった」と、言うのです。
とにかく私はもう一度須磨へ出かけていき、いきさつを話してHちゃんを誤解しないように、また通訳してもらいました。
私は考えました。夏休みの心得の意味をもっと説明すべきだったのか、私の言い方が十分だったか、Fちゃんが日本語からベトナム語に訳す際に不手際があったのだろうか、Fちゃんはちゃんと訳したのにお母さんが取り越し苦労して取り違えたのか。或いはお母さんが正しくわかったとして、お父さんの独断が入ったのだろうか。

こういう例は言葉(日本語)が十分でない外国人に、残念なことですが、よくある事です。職場で何か言われて、それがコソコソ言われたり、ばかにした態度だったりすると悔しくてすぐ言い返したくても言葉が出ず、悔しい思いを心の中に飲み込んで溜め込むだけの辛い職場だったり、また、話すことは話せても読み書きとなるとそれは別のことで、殆どの人はできず、それをまた、悪用する悪い人もいるのです。
こんな事がありました。一人のベトナム人の若いお母さんが自分の内職のために、月賦払いで冷蔵庫を買いました。送られてきた書類がどうもおかしいと言うのです。そこでハンコを押すばかりになっていた書類を郵送してもらい見ますと、代金が値段よりずっと高く付くように書かれてあったのです。先方へ「どういうことですか」と問い合わせると「忙しかったので書き違いました」の一点ばり! 文字の読める人だったら決してされない不法が、簡単にされているのです。これでハンコを押していたらどんな事になっていたでしょうか。
また、こんなこともありました。「シスター、1ヵ月働いたのに会社が給料を払ってくれない」というのです。何度電話してもその社長さんにつながらず、そのベトナム青年と二人で社長さんに会ったのは十日以上もたってからの事でした。その社長は、「この人はハンコを押しています」と言って書類を見せてくれました。実はこの青年は会社を辞めることになった友人の口利きで、その会社に勤めることができました。その時、辞める友人が会社に借金をしてから辞めたのです。友人が払えない時はこの青年が払うという借金の保証人の処にハンコが押してあるのです。それで友人が借金を返しに来ないので、会社は青年の給料を丸ごと押さえてしまったと言うのです。会社にとってこの青年の1ヵ月分の給料は大したものでないでしょう。しかし、この青年にとってこの1ヵ月分がなければ、何で家賃を払い、何で食べていったらいいか死活問題です。などと色々話しました。全額ではなかったのですが、お金を払ってくださいました。
以前よくありました。電話がかかってきて「これ当りかな、外れかな」と。電話の向こう側で市住の抽選のハガキをヒラヒラさせているのが目に浮かびます。今は事情が変わって、若い人はファックスを取り付けています。よく電話がかかってきて「今ファックスで送ります」と。後でその説明を求めて電話がかかります。それが NTT の電話料金の督促状だったり、「ファラオの予言」なるものであったり...。
言葉の問題は始めから終りまで課題であるようです。

Hちゃんの学業のために、大阪のヴィンセンシオ・ア・パウロ会からO支部の会員の方にHちゃんを尋ねてもらうという知らせがあり、もう一件は明石教会からO大学に在学中のお嬢さんが、ボランティアとして家庭教師をしてもいいという、うれしいニュースが届いています。今、双方を紹介中でコーディネートされることでしょう。
また、母親の日本語の勉強のために、ここ1、2年前からとてもよいボランティアの方に協力していただいています。が、母親の方から週一回の日本語の勉強も物覚えが悪いので、先生に迷惑かけて気の毒とか、子どもから日本語を習うからとか再三中止の申し入れがあります。しんどいだろうと思って、申し入れのある時はいさぎよくお休みにしていますが、日本語を学ぶ動機づけがもう一つピンときていないのです。今のところ、家ではベトナム語で話されています。こんな訳で遅々として上達しませんが、希望に次ぐ希望をつないでおります。
ベトナム人が日本語を習うだけでなく、私の方もボランティアの方々もベトナム語を学びたい心はあるのです。が、発音が難しく日本語に全くない発音もあり、また、ベトナムのお母さん同様私自身も物覚えが悪く・・・二語覚えては一語忘れて・・・これも又希望に次ぐ希望につないでおります。
(シスター石戸)


■■■身近な活動紹介、今後の予定■■■

●97年12月27日(土)13:00〜
センター大掃除

●28日(日)〜98年 1月4日(日)
センター事務所お休み
 
●1月15日(金)〜17日(日)
市民と NGO の防災国際フォーラム


■■■ KFC 日本語ボランティアのポルトガル語講座■■■

KFC 日本語ボランティアの会では、以下の内容日程でポルトガル語講座を開きますのでお知らせします。

目的:最近、兵庫県内でも日系南米人(4458人、97.6末)が増え、そのなかでもブラジル人が大半を占めます。ここ数年彼らの中から日本語学習をしたいとの要望が高まり、県内各地でボランティアによる日本語学習支援が行われています。学習希望者の多くは初めて日本語を学ぶ入門期の人が多く媒介言語なしでは対応しきれず、学習途中でやめていく人が多くいます。  
また、彼らは日本での生活上多くの悩みを持っています。その相談に対応する人が不足しています。   
ここでは、日本語学習を支援するための基礎的なポルトガル語の知識を修得することを目指します。そしてそれを契機にさらにポルトガル語を学びたいという人への講座です。

場所:神戸市新長田勤労市民センター
日時:1997年1月10日から3月14日土曜日夜7時〜8時半
内容:入門編(音声、文法初歩、簡単な会話)全10回
講師:京都外国語大学教授:田所清克先生
協力金:10,000円(KFC 日本語ボランティアの会員8,000円)
定員:20名
担当:石川まや さん

講師は日系ブラジル人事情に精通しており、単なる語学講座でなく、日本語学習支援のための講座としたいと思っています。

*12月10日付けの神戸新聞(神戸市内版)で受講対象を日本人としていたのは誤りです。ブラジル人への日本語学習および生活支援を目指す人が対象です。但し、定員になり次第締めきります。

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