■■■公営住宅の募集〜次は9月末ごろ■■■
兵庫県の集計によると、7月10日現在、仮設住宅入居者は29,970世帯で、ピーク時の46,617世帯の約3分の2となっていることが分かりました。そして、次の第4次一元募集は9月末の予定で、募集戸数は、市営住宅(5千戸以上)と県営、公団を合わせて約1万戸(前回の約2倍)の募集になる見込みです。神戸市はこれによって1999年3月ごろにはすべての仮設住宅を解消できるとの見通しを明らかにしました。
なお前回募集割れした西区、北区の災害復興住宅(150戸程度)については、市営住宅の入居資格を持つ一般の住宅困窮者(り災証明書を持っていない人)も応募できるようにするとのことです。
■■■公的支援実現へさらに運動を■■■
参院に提出されていた超党派の災害者等支援法案(所得2千万円以下の被災世帯に対し全壊500万円、半壊250万円を支給など)は6月17日継続審議となりました。一度は廃案になりかけていましたが、86万票を超える住民投票運動をはじめとする公的支援の実現を求める被災地内外の切実な願いが国会を動かしたものです。
しかし、まだ法案が成立したわけではありません。法案を成立させるために次の国会に向けてさらに大きな運動を起こしていく必要があります。みんなで力を合わせてがんばりましょう。
■■■神戸まつり「アジアパラダイス」開催■■■
7月19日〜21日の三日間、神戸まつりの一環としてハーバーランドの芝生広場、はねっこ広場において、「アジアパラダイス」という名のイベントが開催されました。
主催として当センターと事務所を同じくする「神戸アジアタウン推進協議会」が入り、インド、中国、フィリピン、ベトナム、沖縄といった国や地域の特色ある料理の屋台が出店したほか、フィリピンの女性を支援するアジア女性自立プロジェクトや阪神・淡路大震災「仮設」支援
NGO 連絡会といった NGO 団体も出店して神戸まつりの中に地震や国際協力の問題を取り上げることができました。
神戸は国際都市とよばれてきましたが、従来の国際化というのは欧米に片寄っており、アジアが取り上げることは非常に少なかったといえます。
そんななかで、昨年につづき神戸まつりに参加するのは2回目ですが、やはりまだ神戸まつりにアジアの人々、神戸に暮らす外国人が本当の意味で参加できているのかというと、道はまだなかばというところにあります。今回、神戸まつりというイベントを通して外国人と日本人のふれあいの大切さを再度考える場を持ちましたが、もっと日常的にふれあう場があれば外国人と日本人が抱える問題の大半は解決するのではないかとも思います。
神戸定住外国人支援センターは、今後もできるだけ外国人住民と日本人とのふれあいの場づくりに参加していきたいと考えています。
(金宣吉)
■■■り災証明書で自転車がもらえる■■■
駅前などの放置自転車のうち、引き取り手のない自転車を被災者に無料で配っている自治体があります。被災者であれば、り災証明書のコピーをもっていくだけで自転車1台と交換してくれるのです。
当センターでは、これまで多くの方から「り災証明書」を集め、まとめて自転車との交換を行ってきました。そして自転車をなくされた方に提供し、好評を得てます。
このシステムは駅から放置自転車がなくならない限り続くものなので、今後も自転車が必要な方がいれば、続けていきたいと考えています。
被災者で自転車がほしい人や、自分のり災証明書を自転車をなくした人のために使ってもよいと考えられている方は、当センターまでり災証明書を届けてください。よろしくお願いします。
*終了しました。ご協力ありがとうございました。
■■■借りやすくなりました生活復興資金の貸付■■■
阪神・淡路大震災の被災者の生活復興のために300万円を限度に兵庫県生活復興資金による貸付制度がありますが、前年度の年間総収入額や連帯保証人の問題などのため借りたくても借りれない問題がありました。
そこで、当センターでは銀行や兵庫県にその改善を申し入れた結果、外国籍の人でも連帯保証人になれることになりました。また、昨年度の所得証明書の金額以内で、返済能力があれば連帯保証人はいらなくなるなど貸付条件が緩和されました。なお、所得証明書を取れない場合でも20万円までなら貸付を受けることができます。詳しくは銀行の生活復興資金貸付係か当センターにご相談ください。
■■■新長田の日本語教室の家主さん:「さぽ〜と21」から「日本ベトナム友好協会」に■■■
「さぽーと21」が4月末で神戸から撤退することになり、新長田の日本語教室がどうなるか心配されていましたが、そのあとを日本ベトナム友好協会が引き継いで借りて、日本語教室に貸してくれることになりました(ただし借室料を払わなければなりません)。
友好協会ではベトナム関係の資料を整え、この事務所を定住ベトナム人と神戸市民との交流の場にするとともに、ベトナム本国との交流の窓口にもしたいと張り切っており、ベトナム語講座も始まっています。
■■■就職情報をよせてください■■■
震災や不況で職を失ったベトナム人が多く、その就労支援が当センターの活動の大きな柱になっていますが、新聞やテレビに紹介されたこともあって、この1ヵ月に2ヵ所からの求人申し込みがありました。そして、ハローワーク経由を含めて約10名が就職できました。しかし、まだ就労できない人、定職がなくアルバイトで暮らしをたてている潜在失業者、やむなく生活保護を受けている人などまだまだ失業対策は重要です。仕事を求めている人はもちろん、こんな仕事がある、こんな求人情報があるといった就職情報を当センターへよせてくださいますようお願いします。
■■■やっと仮設住宅2軒に7人家族のTさん■■■
7人以上の家庭は仮設住宅が2戸もらえることになっていますが、6人家族の場合は1戸で辛抱しなければなりません。そこで当センターでは、6人でも2戸もらえるようにと市と交渉していますが、西代仮設のTさんは近く子どもが生まれて7人になることから、なんとかできないのかと、再三区役所の担当者と交渉してきました。その結果、6月末にやっと2戸もらえることになりました。6人家族はあと2家族いますので、引き続き交渉していきます。
■■■ベトナムで取得の免許、日本で切り替えできます■■■
明石の自動車免許センターで「ベトナムで取得した自動車免許は不正がある」との理由で切り替えができないと言われたとの苦情があり、問い合わせたところ、「簡単なテストはするが、そんなことはない」とのことでした。そして、その人は見事テストに合格して日本の免許を取得しました。おめでとう!
■■■ママさんうさぎの懇親会 ■■■
今日7月17日、阪神・淡路大震災から、ちょうど2年半たちました。長いような短いような気もします。周辺は家もぼちぼち建ちました。復興も進んでいることは見えます。2〜3日前には垂水教会で『ママさんうさぎの懇親会』がありました。ママさんうさぎは救援基地の食事中心のボランティアの婦人方の呼び名です。そこで20人ぐらいの婦人が集まりました。私はこれで2回目ですのでとても楽しみにしています。
きっかけは去年、いやいやながら懇親会に参加したことです。しかし、そこでいろいろいいことが分かるようになりました。救援基地の仕組や活動は、神田神父の話しで分かるようになりました。救援基地ができたのは私たち、ベトナム人のためだったことを強く思いました。感動とありがたさは胸いっぱいでした。何とかしなくちゃと決心したんです。あれから1年、今回の懇親会は少し違う形で話し合いました。やっぱり食事を作りながら皆さんも不安と疑問をたくさん持っているようです。例えば、いつまでするの? お金の面は? 自分の味では大丈夫(?)などなど。。。話しと説明を重ねて受けました。皆さんも安心顔になってこれからも意欲満々です。
私自身はここの食堂が大々好きです。なぜなら毎日同じ味じゃないからです。ボランティアの皆さんの知恵とアイデアや愛情いっぱいの食事を楽しんでいま〜す。
(ハ ティ タン ガ)
■■■はつげん:入居差別に思う■■■
尼崎市と西宮市に挟まれて流れている武庫川敷で育った私は、大学の卒業設計の敷地に選んだのが芦屋川の上流の川と海が見える場所でした。その河原敷住居が不法占拠によるもので、兵庫県の強制代執行により退去させられたことを知ったのは高校生になってからでした。楽しい思い出しか残っていない私の河川敷での生活は、日本人の目から見れば「不法占拠地に勝手に住む生活」であり、入居差別で住む場所の確保が出来ず、私の親が選択の余地のない中で河川敷生活を始めたこととは知らなかったでしょう。
入居差別は、家主の判断によるものだから、業者の行ったことは取り締まれるが個人の行ったことは取り締まることができず、在住外国人の多くが泣き寝入りをしている。結果として、業者は家主に手を貸していることに気付いているが自分は悪くないと考えているし、家主は言うことを聞かない業者は見切りをつければ困らない。朝鮮半島が日本の植民地となり神戸にたくさんの朝鮮人が生活を始めて約100年になろうとしている。当時の神戸新聞の記事で、家主の偏見にもとづく朝鮮人への入居差別の記事がよく目につく。今も昔もかわらないのは何故なんでしょう。
私は、悪いことは悪いと言える社会、悪しき伝統を改善していく社会に必要なことは、事実にもとづく活発な議論と考えている。須磨の児童殺傷事件で殺人の疑いで身柄を拘束されている中学生の人権をいかに保証するかがいま議論されている。教育委員会、警察、マスコミが手を握り一致団結し、県内で新しく発生している中学生による凶悪犯罪を今ひた隠しにしている。もうこれ以上新たな事件が起こっている事実を知らせないことが、日本人にとってマイナスと考えての措置なのだろうか。情報操作による世相コントロールはインターネットによって破壊されて久しい。ソビエトの崩壊が最たる例である。
思ったことをうまく言えない大人が多いことに気付いているのは私だけではないでしょう。子どもに自分の意思を正しく伝えられない大人が「男は黙って」生活している。男の背中が見えない家庭が増えている。会話のない家庭がもたらす結末は? 恐ろしい。
大人たちよ! ケンカでなく、相手を罵倒するでなく、思いを隠すことなく家庭で、会社で、地域で議論してほしい。そして子どもたちにも。
(孫敏男)
■■■ KFC 日本語ボランティアの会■■■
7月4日、西代仮設住宅のTさんが明石の試験場で原動機付き自転車の運転免許の試験を受験し、1回目で見事合格。また、同じくHさんも普通自動車の運転免許を2回目の挑戦で合格しました。二人の日本語学習支援を担当した高橋妙子さんと、海を越えて韓国人に日本語の文通指導をしている山崎恭子さんの手記を紹介します。
■Tさん原付免許、Hさん普通免許合格:教え子の成長に感銘
Tさんは約半年間勉強し、1回でパスしました。勉強を始めた頃は、一つ一つの文の理解に長くかかり、なかなか前進しなかったのですが、後半以降はそれがウソのようにすらすらと順調に進むようになりました。明石の試験場へも一人だけで行き、明石のバス停で隣に並んだ女性に試験場行きのバスを尋ねたのがきっかけで、受付の手続きなども教えてもらい、免許取得までスムーズにいったそうです。試験にパスしたことに加えて、見知らぬ人に助けを求めながらひとりですべてを終えた積極的な行動に感銘を受けました。勉強を始めた頃の無口でおとなしいTさんからは考えられないことですが、日本語が上手になるにつれ、どんどん明るく積極的になったように思われます。
Hさんは普通自動車免許を2回目の試験で取得しました。試験の直前に理解しにくい所を集中的に勉強したので、合格したと聞いたときはとてもうれしかったです。Hさんの日本語レベルになると教えるというより、一緒に勉強するという感じでした。
この二人の合格が日本語勉強中のベトナムの人たちへの励みになればと思います。
(高橋妙子)
■ボランティアが海を越えた!
昨年12月学習者のPさんから「私の知人でソウルから地下鉄で1時間の春川(チュンチェン)に住んでいる会社員が文通で日本語の指導をしてくれる人を探しているのですが」と遠慮がちに言われました。いろいろと話し「私でよかったら」と引き受けました。
彼は日韓共同設立の学校で一週間に一度勉強したことがあり、また会社でも社内教育で日本語を勉強したことがあるそうです。彼からは1ヵ月に一度手紙が来ます。それを添削して次の月に返事を出すパターンで日本語学習支援を続けています。
彼は多くの単語を知っています。清音、濁音の区別も確かです。しかし「花が咲いている」ということを表現するのに、いつでも「満開」という言葉で表現してきます。このほかなかなか添削しにくい間違いを書いてきます。間違いには訂正と表現例を書いて説明します。上手に書けている箇所には、三重丸を入れます。日本人の私の文章を押し付けないよう、彼の文を最大限生かすように配慮をして添削をします。これは思いのほか、大変ですが、私自身の勉強になりますので、毎日、頭をひねりながら頑張っています。
「ボランティアが海を越えた」。こんな世界ができたと嬉しく思うのと同時に、その機会を与えてくれたPさん、そしてPさんとの出会いをつくっていただいたこの会にも感謝をしています。
(山崎恭子)
■■■8月の予定■■■
●2〜3
ぱっといこうぜ大国公園夏まつり
●14〜16
お盆休み
(8月中はベトナム語での対応は都合により午前中に限らせていただきます)