■■■「郷に入っては郷に従え」?■■■
「郷に入っては郷に従え」という諺がある。世渡りのコツについての知恵の言葉。ところが時々それが人の生き方を強要する言葉になってしまう。
先日、若いベトナム人家族から SOS の電話が入った。となりの人が怒鳴り込んできたと。現場へ行き事情をきいてみると、原因は臭いだった。換気扇から出てくる料理のくさい臭いが家の中まで入ってくるというのである。今まで7年間我慢したあとの堪忍袋の尾切れだった。換気扇の外に立つと回すだけで確かに少し臭いが出る。原因の一つは換気扇の中のこびり付いた臭いだった。換気扇を掃除することで解決しようとした。
ところがそれでは済まなかった。ここは日本だからベトナム料理を食べるなというのである。そんな馬鹿げた話はないと抵抗するが、執拗に迫ってくる。それに何故7年間も何も言わずに今になって突然に言うのかと問えば、ベトナム人は怖いからと答えた。わけの分からない話である。ベトナム人のほうが怖がっていると言うのに。
臭いという感覚は人によって差があるので理解はできる。何らかの解決策は必要だ。しかし一方が、それも立場的に弱い方が我慢をしなければならない解決方法は大いに問題がある。
町内の掃除、ゴミの出し方、真夜中の騒音など皆で決めた決まりは従うようにしなければならないし、理解できるように配慮もしなければならない。しかし人として生きるための権利を奪う「郷」であってはならない。
日常生活の些細なことが些細でない。些細なことに目を向ける「神戸定住外国人支援センター」。重要な活動のひとつです。
(神田裕)
■■■神戸定住外国人支援センター発足式:1997.2.11■■■
2月11日、当センター発足の集いと旧正月を祝うパーティを、カトリック鷹取教会にて開催しました。早朝から強い風と雨に見舞われて空気も冷たく、前途多難な発足を予想させましたが、幸いにも開始時刻には太陽も顔を出し、暖かい日差しの中で祝うことができました。参加者は約200名にものぼりました。
集いはベトナムのお正月の飾り付けがされたペーパードームで行われました。まず挨拶を当センター代表の神田裕神父が、次に、当センターの前身の組織である被災ベトナム人救援連絡会と兵庫県定住外国人生活復興センターの活動の歩みを、それぞれ中村通宏氏と金宣吉氏が、また、協力団体である被災ベトナム人日本語教室の歩みを長嶋昭親氏が紹介しました。最後に運営委員約20名のうち7名が自己紹介と活動の抱負を語りました。
正午から当センターの発足と旧正月を祝ってパーティを開催しました。ベトナムではもはや禁止された爆竹で開始し、ブ・ユイ・ルアン氏がベトナム語で乾杯挨拶をしました。神戸華僑総会有志による獅子舞演舞や、ウリモックウリカラ研究会ケンネギチームによるサムルノリ演奏は、パーティに花を添えました。韓国朝鮮や中国、ベトナムの料理に舌鼓を打ちつつ、参加者同士が交流しました。ビンゴゲームは子ども達が参加し、笑いあり、悔し涙ありのさまざまな人間模様を繰り広げる楽しいゲームとなりました。
皆様のご協力のおかげで、このように楽しく意義のある一時を過ごせました。スタッフの準備不足によってご迷惑をおかけしたことを、深くお詫び申し上げます。帰り道は雪でしたが、皆様の中には風邪をひいてしまった方もいらっしゃったことと思われます。不安定な天候の中をご参加くださいましたことを本当に感謝いたします。
(中村通宏)
■■■センター発足から1ヵ月■■■
当センター発足から早や1ヵ月が過ぎました。発足の集いがマスコミに大きく報道されたこともあってか、当センターには多くの申し出や相談が寄せられてきています。善意の申し出としては、テレフォンカードを寄贈していただいた上に今後切手を寄贈したいといった申し出や、韓国朝鮮語ができるのでボランティアとして何か手伝いたいといったものなど大変励まされる思いです。その他にも、韓国人と結婚しているが、家政婦を探しているので、もしいたら紹介してほしいというものや、奈良で工場を経営している人から仕事を探している外国人がいたら雇いたいというような、仕事に関する申し出も多数寄せられています。
非常に好意的な申し出がある一方、被災地の3年目の実態を表すように外国人の就労をとりまく状況は、当センターに寄せられる相談からも見えています。
5人のベトナム人が賃金をもらえていない未払い賃金の問題では、雇用主には支払い能力がないため労働基準監督所の賃金立て替え払い制度を利用する方向で進めています。そのほか交通事故を起こしたベトナム人に対して、ある保険代理店が、誤った情報を与えてベトナム人青年をだました問題も起きています。担当者は被害者に全く不利になるような話し合いを続けてきたにもかかわらず、自分たちには何ら問題がないような態度をとり続けています。今後も話し合いを続けるつもりです。
ほかには、中国人の女性の方から日本語を学びたいといった相談や仕事を探してほしいといった相談もあり、現在の当センターのコーディネート能力では少々厳しい状況になっています。
つい最近では、日本人と結婚したブラジル人から家と仕事を探してほしいと相談を受けましたが、この人は被災者で本来なら仮設住宅に入居する権利があるにもかかわらず、制度がわからないため震災後2年間も友人の家にいることがわかりました。外国人に対する情報の不備を再確認しました。
最後に当センター発足後、日が浅いにもかかわらず多くの方々から多くのカンパをいただきました。ありがとうございました。
(金宣吉)
■■■2年間の救援活動と新たな出発〜被災ベトナム人救援連絡会議■■■
震災後の1月末、カトリック鷹取教会で被災したベトナム人を救援しようと、ベトナム人と関わりのあるさまざまな団体や個人が集まり、被災ベトナム人救援連絡会議を結成しました。この会議はそれぞれの団体や個人が持っている情報を交換することを中心に、活動を調整したり協力しあって救援活動をしようというもので、当初は問題が山積していたので火曜と水曜の週2回開き救援活動に奔走しました。少し落ち着いた4月下旬から週1回になり、今年の2月2日で102回開いたことになります。会議や救援活動への参加人員は海外からのボランティアも含めると相当な人数になり、その人数は数え切れません。
最初は基礎データが無かったこととベトナム人自身の組織が無いため、被災者が400名を超えるという全体像が判明したのは1〜2ヵ月経ってからでした。そのような手探りの中からの救援活動でしたが、この2年間随分たくさんのことをやってきたと言えます。その活動を要約すると次のようになります。
●避難所・テント村への支援
・テント村の管理・運営への支援
・炊き出し(ベトナム料理など)
・健康診断、医療相談
・仮設住宅(紙の家)の提供
●情報の提供とことばの支援
・震災ニュースの発行、広報等の翻訳と配布
・通訳の派遣
・FM 放送の開設(FM ユーメン=95年3月末、FM
わぃわぃ=96年1月17日)
・日本語教室の開設
・仮設自治会や隣人との調整
・各種申請・申込の援助
●行政との折衝
・災害対策説明会、公営住宅募集説明会の開催
・避難所の環境改善、テント村廃止反対の申し入れなど
・仮設住宅への入居促進
●法律相談会の開催(住宅、労働、各種保険など)
●生活相談(生活資金の貸付、生保申請など)
●就職斡旋、援助
●その他
私たちはこれらの活動を通じて、震災時だけでなく平常時においても日本社会における定住外国人の困難さや問題点が多々あることを教えてくれました。震災にともなう救援がまだ終わったわけではありませんが、その活動を継続しながら、恒常的な、そしてより強力な支援が必要であることを痛感させられます。
「災い転じて福となす」との喩えどおり、震災という不幸に見舞われましたが、これを契機に震災で明らかになった定住外国人の悩みや困難を解消し、定住外国人から「神戸は住みよい、いい街だ」といわれるような神戸にしたいものです。それができた時、はじめて「復興した」といえるのではないでしょうか。その日のためにがんばりましょう。
(中村通宏)
■■■事務所が新しくなります■■■
現在の事務所は手狭だろうと鷹取教会のはからいで北側にプレハブを建ててくれました。新事務所は現在のほぼ2倍の広さで、会議スペースや応接セットも置かれる予定で、随分立派な事務所になる予定です。引っ越しは3月末までに完了したいとおもいますので、お手すきの方は床貼りや引っ越しを手伝ってくださいますようお願いします。